09 この人、霊感があると気づいた瞬間


 ネットの情報を真実と仮定したら、幽霊や妖怪などアヤカシたぐいを知覚できる人は存在していて、そういう力をもつ異能者はけっこういるようだ。


 世界は広い。人の数も多い。

 異能をもつ者がいてもおかしくないかもしれない。


 でも俺の周りには異能者なんていなかったし、現実離れしたものにはまったく関心がなかった。特別な能力なんて存在しないと思っていたし、テレビやネットで登場する連中は、収入を得るために演じているように映り、役者のようにとらえていた。


 ところがある人物と出会い、俺の常識は塗りかえられる。



 俺の友人に異能をもつ者がいる。

 はじめは異能者と気づかなかったが、付き合いが長くなっていくうちに、ふつうの人とは異なる特徴があることに気づいた。


 今回は俺が「こいつ、異能者だ」と気づいたときのことをつづろう。



  ✿


 俺――紫桃しとう――がいつ友人のコオロギ――神路祇こうろぎ――に異能があると気づいたのか。


 「わたし霊感あります!」とコオロギが宣言したのではない。

 映画や漫画みたいに「モンスターが現れた! わたしが倒します!」という展開もなかった。


 じゃあ、なぜ異能をもっていると気づけたのか?


 言うのはちょっと恥ずかしいけど、俺がコオロギに恋心を抱いてて、よく観察していたからなんだ。


 恋をしていたらさ、わかるだろ?


 気になるヒトの声が聞こえたら耳をそばだてるし、席を立てばどこへ行くのかなって一挙一動を自然と追ってしまう。ちょっとした異変でもすぐに気づくし、どんなにささいなことでも覚えている。


 日々コオロギを見ていたから、俺が恋していたからこそ、異能があることに気づけたんだ。

 念のために言っておくがストーカーじゃないぞ?



   ✿ ✿


 当時の俺は職業訓練に通っていて、コオロギはクラスメイトの一人だった。


 コオロギの容姿は俺の好みで訓練初日に一目惚ひとめぼれした。そこで仲良くなりたくて俺のほうから声をかけ、少しずつアプローチをかけていた。何度も話すうちに親しくなり、同じ年齢と知ったころにはだいぶ打ち解けていた。


 クラスメイト20名は社会経験のある人たちばかりで全員が無職だった。

 再就職に向けた訓練はぎすぎすしそうなイメージがあるが、そうではない。学生の時分に戻ったときのように和気あいあいとすごしていて、授業が終わると勉強会という名の飲み会を行う受講生もいた。


 訓練が始まって1カ月もすぎたころ、またクラス全員での飲み会があった。

 小さなグループでの飲み会はちょくちょくあったけど、クラスでの飲み会はひさしぶりで全員の気分がうわついていた。


 宴会はいい大人が騒いで盛り上がり、無事に終了した。

 俺もいい気分で酔っていて、帰り道もクラスメイトと雑談を楽しむ。駅に着いてホームで電車を待っていたら、コオロギが俺のところにやってきたんだ。


 笑顔でいることが多いコオロギだが、このときは真面目な顔をしていた。俺の前まで来るとためらいを見せて視線を落とし、しばし無言でいた。それから意を決したように顔を上げたら「親孝行したほうがいい」と言ってきた。


 俺はぽかんとなった。

 それから親不孝者みたいに言われたことにイラッとしてきて、酔ってたこともあり、怒り気味に「俺が親孝行してないみたいだな」とコオロギに返した。


 コオロギは失言に気づいて申し訳なさそうな顔になった。

 「そういうわけじゃないけど」とあわてて弁解し、うつむきかげんで視線を左右に動かす。軽く握りしめた手を口に当て、焦った表情で思考をめぐらせていたけど、言葉が浮かばなかったようで「ごめんなさい……」と謝ってきた。それからコオロギは黙りこんでしまった。


 俺はワケがわからず、イラつきながらコオロギの反応を待っていたけど、そこへ電車が来てしまい、そのまま帰路についた。



 このときは気づけなかったけど、コオロギの言葉たらずだったんだよな……。



 翌週もいつものように訓練に通った。

 コオロギとはずいぶん親しくなっていたけど、あの言葉にはムカついた。休みが明けても俺の中でくすぶっていて、コオロギを避けるようにしていた。


 そんな状況が数日続いていたときに連絡が入ったんだ。


 夜にスマートフォンが鳴った。

 連絡は母からで珍しく遅い時間だ。通話に出ると「お父さんが入院した」と告げられ、俺は言葉を失った。


 頭の中で「入院した」という単語がめぐり、母がスマートフォンの向こうでなにか言っていたけど聞こえてなくて……。そのあと、どうやってすごしたのかもあやふやだ。


 翌朝、始発の電車に乗って実家へ向かった。

 一晩たったから気持ちも落ちつき、メッセージのやり取りでだんだんと状況がわかってきた。


 父は風呂から上がったあと心筋梗塞で倒れた。物音に気づいた母が発見し、すぐに救急車を呼んだから一命をとりとめた。俺にすぐ連絡しなかったのは動転してスマートフォンを家に忘れていたからだ。そのため父の容態が安定し、入院に必要な着替えを取りに帰った段階で連絡してきた。


 無事がわかって安心した今なら余裕があるけど、きのうは頭が真っ白になって、なにも考えられなかった。父とはそんなに仲がいいわけではないが、親の死に直面すると怖くなった。


 もう会えない……のか?


 いやな考えがよぎり、親孝行していないという後悔の念がわく。

 同時にあの日のコオロギの言葉が浮かんだ。


『親孝行したほうがいい』


 コオロギが俺に言った台詞せりふは、まるでこの日が来るのを知っていたようなタイミングだ。それによく考えれば、コオロギは嫌味を言うやつではない。純粋に親孝行しておいたほうがいいと助言したのでは……?


 地元へ向かう電車の中、父の体調を気にしながらもコオロギがあのタイミングで言ってきたことが引っかかって、ずっと考えていた。


 病院に到着したとき、病室に入るのが怖かった。

 弱々しい姿の父を見るのがいやだったからだ。しかし対面した父は想像していたよりも元気で心底ほっとした。「この死にぞこないが」とか軽口をたたくような話をしつつも、最悪な事態にならなかったことに感謝して、涙がでそうになるのをこらえていた。


 父の容態は安定していたが、付き添っていたくて訓練校には数日休む旨の連絡を入れていた。実家から病院へ通う日を送っていたが、父の病状は良好だと医者が判断したら、母は俺に東京へ戻るように言ってきた。


 俺が職業訓練に通っていることに気を利かせたのだろう。

 父の入院を機に、親を安心させるために早く就職しようと決めていたから素直に甘えた。


 日曜に父の見舞いを終えたらその足で東京へ戻った。



 月曜から以前と変わらず職業訓練を受講する日々が始まった。

 数日休んだだけなのに、かなりひさしぶりに感じた。そしてコオロギを見るのもずいぶんひさしぶりに思えた。


 俺はコオロギに聞きたいことがあった。

 休憩中は人の目があったので遠慮していたが、昼休みに入りコオロギが教室を出て一人になったところで俺は質問した。



「あのさ、父親が入院したんだけど……

 こうなるって知っていた?」



 自分でもばかなことを言ってると思ったけど、なぜかコオロギは知っていたような気がした。


 突然問われたコオロギは言葉に詰まり、目が泳いで返答に困っていた。知っていたんだとなぜか納得できて、言いたくなさそうなコオロギに追求はしなかった。



『親孝行したほうがいい』


 俺に刺さった言葉。

 一度だけならコオロギに異能があると思わず、偶然ですませていた。だが俺は前にもコオロギの言動には引っかかるものを感じたことがあった。



「鍵、忘れないで」



 喫煙所から教室に戻ってきた俺に、自席へ向かっていたコオロギが振り向いて突然言ってきた。


 いきなりで驚いたけど、念のためポケットをさぐってみたら家の鍵がない。煙草を吸おうとライターをさがしたときに取りだして長椅子に置いたことを思い出し、あわてて喫煙所に戻ったことがあった。


 コオロギは煙草を吸わないから喫煙所に鍵を忘れたなんて知るよしもない……。

 どうしてわかったんだと引っかかりはしたけど、授業が始まると忘れた。


 鍵のことは「偶然」で片づけ、すっかり忘れていたが、父が倒れることを予知したような言葉を受けて、俺の中で点と点が結びつく。


 偶然にしてはできすぎている――。


 この2つの出来事から、コオロギには常識では考えられないふしぎな能力――異能があるのではと思うようになっていた。



  ✿ ✿ ✿


 これが俺がコオロギに異能があると気づいた経緯だ。


 今までの常識が通じない異能をもっているコオロギ。

 俺はコオロギをもっと知りたいと思うようになり一緒にいる機会を増やした。するとコオロギの周りではふしぎな現象が起きていて、俺のようなゼロ感の者とは明らかに違う世界を見ていることに気づく。


 同じヒトで、同じように日本で生活しているのに、異なる世界を視ている――。


 この違いに興味がわき、今まで見向きもしなかったホラーやオカルトの世界の情報を集めるようになり、コオロギの体験を聞きだすようになる。


 はまっていった奇怪な世界は広くて深い。

 コオロギの話は尽きず、あまりの数の多さにせっかくだから記録しておこうと思い、ノートに書いて残すようにしていった。




 俺の部屋にある本棚を見れば奇譚きたんが書かれたノートが並んでいる。

 ノートの数を見れば、かなりの数になるだろう。このまま眠らせておくのは惜しいので、ほぼ実話のホラー小説として書いてみようと考え、今に至っているわけだ。


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