異能者との縁
08 霊感がある人とどこで知り合うのか
俺の友人は異能者なんだが、これまでのエピソードを読んできた読者の中には、「霊感がある人とどこで知り合ったの?」と気になっているかもしれない。
紹介してもらった?
ネットで情報を見つけてアポをとった?
いろいろ考えてしまうよな。
異能者との出会い話は、おもしろみはないだろうから
残念ながらハラハラどきどきするようなストーリーはなく、俺が異能者と出会ったのは偶然だ。だからこれから
✿
当時の俺――
仕事を辞めた原因は身からでた
生涯続くと思っていた仕事との決別は喪失感がすごくて、別の仕事なんて考えられずにいた。無気力になっていて、ぼうっとしていたら一日が終わっている。そんなふうにむだに時間はすぎていき、通帳の残高は無情に減っていく。
焦燥感を打ち消すためネットの求人情報は見るけど、すぐに前職のことが浮かび、思い出にしがみつく女々しさにイラつく。うじうじとしたまま求人情報を流し見る日を送っていたら職業訓練の存在を知った。
『職業訓練』。
名称からして転職に役立つかもと概要を読み始める。
なるほど……。職業訓練は仕事に役立つ知識や技能を学ぶ場を提供するのか。
訓練の種類は多く、補助を受けながら学べる仕組みが用意されている。
まだ就職する気力がわかない俺には、社会復帰へのリハビリと再スタートに職業訓練はちょうどいい。次へ進める糸口が見つかり気持ちに余裕がでてきて、いっそまったく別の職種に就いてみようという考えがわき、興味がもてそうな訓練をさがし始めた。
夢中になって職業訓練の情報を集めていると気になる職種を見つけた。
業務内容や就職口、将来の展望など調べていくと、やりがいがありそうだと興味がわく。興味がわいたら前向きな気持ちもでてきて、「ダメでもともと。まずは訓練を受講してみよう」と活力に変わった。
俺は出直しする覚悟を決めて職業訓練を受けることにした。
✿ ✿
異能者との出会いは職業訓練学校だ。
とはいっても当然ながらすぐに異能者と知ったわけではない。はじめはクラスメイトの一人にすぎなかった。
受講したのは短期の職業訓練。
20名の受講生がいて俺より年上の人ばかり。定年退職したのに再就職を目指す達者な先輩もいたから平均年齢は高かった。
20人もいるクラスメイト全員をすぐに把握したわけじゃない。でものちに異能者と気づく人物のことはすぐに覚えた。
今でも鮮明に思い出せる。訓練初日の授業だ。
初めての授業は自己紹介から始まった。これから数カ月間、一緒にすごすのだから仲良くしようねという訓練校側の配慮だろう。講師が自己紹介したあと、名簿順で受講生の自己紹介が始まったのを俺は聞き流していた。そこへ「
長袖のカジュアルシャツに黒のパンツ姿、身長は160センチくらいの中肉中背で、体形は中性的。黒髪を後ろに結んで眼鏡をかけている。
日本人は平坦で弥生人顔が多いが、声の主は目鼻立ちがはっきりしている。眼鏡をしていてもわかる長いまつげに大きな目に、バランスの取れた鼻があり、
エキゾチックな雰囲気をまとっているが、肌の色や髪の色から日本人とわかり、俺と同じくらいの年齢に見える。容姿には華があり俺はすぐに関心をもった。
これまでのエピソードを読んできた読者の中には、コオロギ――
そして……
ああ、そうだよ! 認めるよ!!
当時の俺は
コオロギを見た瞬間、俺はドラマの主人公みたいに新しく始まるなにかに期待してわくわくしたよ。ずっと穴ぐらに引きこもり、明るい外を妬ましく見ていたのに、勢いよく飛びだすような感じで、どん底から復活したさ!
✿ ✿ ✿
職業訓練ってさ、受講生は就職に焦っていて就活に向けてぴりぴりしているイメージがないか?
ところが意外なことに俺が通った訓練はゆるかった。
朝から夕方まで座学や実践を学ぶが、1限が終わるたびに10分から15分程度の休憩時間をはさむ。そして昼休みは1時間ある。
座学の授業は講師の声しか聞こえず居眠りを誘うくらい静かだが、休憩に入るととたんに教室や廊下で雑談に花が咲く。まるで高校のようなところだった。
まあでも、はじめは互いを様子見している変な緊張感があった。
まったくの他人だし年齢も性別も違うから当然だよな。堅苦しい状態で毎日すごすのはキツイかもと思ったが
受講生が企画したのか、それとも訓練校側の配慮か……。いつの間にかセッティングされていた懇親会という名の飲み会は、クラス全員が参加した。
スタート時点はぎこちなかったけど、社会経験がある人たちなのでコミュニケーションをとり始める。次第に親密度がアップし、宴会が終わるころにはむかしからの友人のようにノリノリの受講生もいた。
これぞ飲ミュニケーションってやつだ。
この日を境に緊張感のあった空気はなくなり、高校の教室のような雰囲気になった。
職業訓練は学生の時分に戻ったようで毎日が楽しい。
俺は再スタートを切って再就職に燃えていたけど色恋事にも期待したい。当然、一目惚れしたコオロギが気になり、恋への発展を想像する。
俺は恋に関しては用心深いところがあり、すぐにアプローチ開始とはならない。まずはコオロギの人となりを観察していた。
コオロギは地方から東京にでてきたばかりで田舎者丸出しだった。
ふつうは地方出身を隠そうとするが、コオロギは気にしているふうもなく、老若男女の区別なく自然体でクラスメイトに接していた。
コオロギは美人なので黙っているとクールな感じがして近寄りがたい。ところが話をするときは人なつこい笑顔になり、さわやかな空気をまとう。年配の受講生にしてみれば娘や息子に近い年齢だから、めんどうをみたくなるようで可愛がられていた。
集団の中に入るとコオロギは聞き役タイプでうもれてしまうが、クラスから浮くことなく輪の中にいる。教室ではだれかと一緒にいることが多いが、ふいといなくなって一人で行動していることもある。他人の目を気にして集団行動をとるタイプが多いなか、マイペースで行動できるコオロギに好感がもてた。
数日観察したあと、俺はコオロギに初めて声をかけた。
もはや話した内容は覚えていないが、コオロギは敬語で受け答えをしていた。俺は年上には敬語を使うが、同世代だと親しみやすさもこめてラフな感じで話すようにしている。だからコオロギの話し方は堅いなと思ったけど、話す回数が増えていくと、だんだんとくだけた口調で話すようになった。
コオロギの容姿は俺の好みだ。
クール系美人なのに笑ったときは、あどけなさも見える。落ちついていて包容力があり、陰で支えてくれるような……。そんな俺の勝手な理想はすぐに幻想だと気づいた。
コオロギの
口調は男友達とほぼ同じで、初めて間近で耳にしたときは、画家ムンク氏
(これはコオロギ本人が言っていたが、
男口調を聞いてショックを受けていたところに、さらに残念な事実を知る。
コオロギの会話は言葉たらずでわかりにくいうえに、思考回路は小学生男子レベルの子どもっぽさがあるのだ。外見と会話のギャップに、俺は画家ダリ氏
俺の中にあった聡明でひかえめなコオロギは、がらがらと崩れていった。
コオロギのユニークぶりは、この小説のエピソードが進むたびにわかるはず。だからここでは実況しないよ……。
しばらくは「その口調で話すのはやめてぇ!」「なんだその小学生思考は! 俺の夢を壊さないでくれぇ!」など胸の内で叫んだものだ。
でも敬語で話していたときにあった遠慮じみた感じがなくなり、コオロギの飾り気のない言葉には裏表がないことに気づいた。それからは腹を読む必要がなくて安心でき、俺はコオロギに対して遠慮しなくなった。
✿ ✿ ✿ ✿
これが俺とコオロギとの出会いだ。
漫画や小説だと、アクシデントが発生して異能者が華麗に登場ってパターンだけど現実はそうじゃない。たまたま同じ時期に職業訓練を受け、たまたま同じクラスという偶然の出会いだった。
コオロギはユニークな美人という認識だけで異能者とは知らなかった。
そこへある出来事が起こり、俺はコオロギが異能者だと気づくことになるのだ。
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【参考】
✎ ネットより
*1 ムンク(エドヴァルド・ムンク):
ノルウェー出身の芸術家。
今回のエピソードに出てきた作品『叫び』は「The Scream」というタイトル。
*2 ダリ(サルバドール・ダリ):
スペイン出身の芸術家。
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