第7章 病院にて2
どうにかこうにか俺は中央病院の駐輪場に自転車を止めた。
とりあえず、目指すは救急外来の受付だ。
……確か、東館の1階だったな……
俺は急いで、東館の入口を探した。
敷地をぐるりと4分の3周する羽目にはなってしまったが、どうにか救急外来に最も近い出入口に辿り着いた。転げ込むように院内に入ると、廊下の奥の方に待合と思われる長椅子の群れが見えた。
……あそこだ!……
俺はそちらへ向かって歩き出した。
救急外来の受付に辿り着いた俺は、「昨日ここに運び込まれた
すると、また受付がバタバタして、奥から
「先生……」
「あぁ、
「あ……、はい」
俺は大春医師の手招きする方へ向かった。
大春医師が招じ入れてくれたのは、相談室のような一室だった。
「西浦さん、おはようございます。今日来たのは、白石さんに会いにかな?」
「あぁあ、おはようございます」俺はとりあえず挨拶をした。
「はい。……その、……一応……。……昨日の今日なので、会うのは難しいかも、というのは理解していますが……」
「うん、うん。そうだよね。心配だよね。白石さんは彼女なんだものね……。それで交際ってどのくらいになるの?」
「ちょっと、先生、それ人によってはセクハラと捉えられますよ! 俺は訊かれても構いませんけど」
「ごめん、つい。恋人想いな方だから、交際期間も長いのかな? って思ってしまって」
「……まぁ、俺が大学1年の時に知り合ってだから、もう6年とちょっとになりますね」
「それだけ交際期間があるんなら、心配して当然だよね。……ちょっと待ってね……。確かこの辺りを……」大春医師は呟きながら何かを探して手元のクリアファイルの中をガサゴソと探し始めた。
「……あった。これで良いや」と大春医師は、片面プリントの紙の白紙の側を見せた。
「ここに、西浦さんの連絡先、……電話番号で良いです、を書いてください。……あ。書くものも必要ですよね」と大春医師は白衣の胸ポケットのボールペンのうちの一本を差し出した。
「ありがとう、ございます」
ボールペンを受け取った俺は、自分の名前とスマホの電話番号を紙に書き付けた。
「西浦さん、私はね、今の病院のルールは時代に取り残されかけているんだと思う。私は救急科の医師として、多くの患者さんを診てきたけど、最近は一人暮らしの人が増えている。一人暮らしの人でも、実家のご家族と連絡の付く人は良いけれど、実家やご家族と疎遠になってしまって、連絡も付かない人もいれば、そもそも身寄りがないという人もいる。それなのに、病院は『患者の容態や病状は個人情報だから、家族にしか教えられない』と言う。ただ、家族と疎遠でも、友人や知人とは上手にやってる人もいるし、西浦さんのようにパートナーとして寄り添いたいという人もいる。そうした人を一律に『家族じゃないから』と排斥するのは、患者さんのためにならないと私は思うんだ。だから私は、患者さんにとって『家族以外で近しい人』が尋ねてきた時はできるだけの配慮をしようと決めているんだ。だって、近い将来、夫婦別姓での結婚や同性同士の結婚が法律で認められる日が来るかもしれない。そんな未来に『名字が同じじゃないからダメだ』とか『男同士、女同士だからダメだ』なんて言っていたら、誰も安心して病気やケガを治せないからね」
俺は改めて、大春医師はとても素晴らしい先生なのだと悟った。担当している患者だけではなく、その家族や近しい人にも納得の行く答えを示してくれる。『この先生なら、任せても大丈夫だ』そんな安心感を覚えた。
「ありがとう、ございます。大春先生」俺は借りていたボールペンを差し出した。
「ボールペン、貸していただきありがとうございます」
「丁寧にありがとう、西浦さん。君の連絡先を白石さんの情報に紐付けておくから、彼女と面会できるようになったら、君にも連絡が行く手筈を整えておくよ。」
「本当にありがとうございます」俺はもう一度頭を下げた。
「……あの、さくらにはまだ会えないんですよね?」
「うん。もう少しあれこれ数値が良くなったら、ね。だから、心配しないで待ってあげてください」
「あの、それじゃあ、さくらに伝えておいてはくれませんか? ……その、本人には聞こえないかもしれませんが……」
「良いよ。承っておこう。何かな?」
「また見舞いに来る。早く良くなってほしい。会えるのを待っているから。と伝えてください」
「分かった。僕の方から責任を持って伝えるよ」
「それじゃあ、大春先生。俺、もう帰ります」俺は席を立った。
「そう。気を付けて帰ってくださいね」
「お心遣いすみません」俺は引き戸を開けて廊下へ出た。
「さくらのこと、よろしくお願いします」最後にそう言うと、俺は病院の廊下を歩き出した。
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