第4章 病院にて 【3】

 俺は無意味に壁の時計を眺めていた。あれから2時間以上が過ぎ、俺は完全に時間を持て余していた。

……こんなに待たされるってことは、さくらの状態はかなりヤバかったんだろうなぁ……

 そんな取り止めのない思考を巡らせていた時。俺は強い感覚に襲われた。そう、これは……。

……尿意だ!……

「すみません、ハ七三はなみ警部補、小母さん、俺、お手洗い行ってきます」

西浦にしうらさん、出た先1発目の案内板、見落としやすいから気を付けてくださいね」

八七三警部補の忠告を背に部屋を出る。

 ……「出た先1発目の案内板の見落とし注意」とか言われたよな?……

俺は頭上に注意を払って見た。すると、確かに出てすぐのところに案内板があったが、中の蛍光灯が切れているようで読みづらくなっていた。

……あー、これは気を付けてないと見落とすわ……

 俺は案内板の矢印に従って歩き始めた。


 角を曲がった直後、俺は違和感を覚えた。突然、廊下の雰囲気が変わったのだ。

……あれ? なんか病棟フロアっぽくないか?……

 トイレを示す案内板に従って歩いていたのだから、東館の2階からは出ていないはずなのだが……。

何気なく周囲に目をやった俺は、またしても愕然とした。

何と手近な病室のルームナンバーは511。つまり、少なくとも今いるのは、5階ということになる。

……え? 俺いつの間に3フロアも上った?……

「とりあえず何階でもトイレを使わせてもらえれば問題はない」と思い、この階のトイレを目指すことにした。

道なりに廊下を進み始めた俺は、515号室のネームプレートに足を止めた。

515号室のネームプレートに書かれた名は『白石しらいしさくら』。

……マジか……

俺は思わずその病室のドアを引き開けた。

 515号室は個室のようで、さくら以外の入院患者がいる気配はなかった。

「さくら?」俺はおずおすと病室内に入った。

「さくら、大事ないか……」目隠しのカーテンの向こうに回り込んだ俺は言葉を失った。

 ベッドに横たわるさくらは包帯とガーゼにまみれ、痛々しい有り様だった。ただ、思ったよりも管だらけになっていないことは不幸中の幸いなのかもしれない。

「さくら」俺は優しく呼びかけながら、さくらの顔のガーゼに覆われていない部分を触った。

いつもと変わらない、優しく温かい手触りがした。

「さくら」俺は言った。「何はともあれ、お前が生きててくれて俺は嬉しいよ」

眠っているのか、さくらは何の反応も示さなかった。しかし、さくらが死んでいないというだけで、俺は充分だった。

 その時、俺はあることを思い出した。

……そうだ。お手洗いに行くんだった……

「ごめん、さくら。俺、野暮用があるんで、もう行くわ。また来るからな!」

そう言うと、俺は515号室を後にした。

……やべぇ、トイレ、トイレ……

俺は手近な角を曲がった。

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