第2章 現在(いま)に戻って

 ふっと気が付いた時、俺は自転車にまたがって、駅前商店街の端の交差点で、信号待ちをしていた。辺りを見回しても見慣れた駅前のごみごみとした雑居ビル群が広がっているだけで、葬儀屋の影も形もない。

……さっきのは、何だったのだろうか……

 現実感が戻ってくるに連れて、さっきまで見ていたものの非現実性がヒタヒタと迫ってくる……。あれはいわゆる白昼夢というやつだろうか。それにしても、彼女の告別式の出棺直後に出くわすのは、いくらなんでもあんまりだろう……。

 信号が青に変わり、俺は走り出そうとする。すると、狙いすましたかのように、スマホが着信を告げた。俺は発進を諦め、電話に出ることにした。電話番号は既に一度見た羅列__さくらの母親の電話番号__だ。

 ふと先程の白昼夢で見てしまった、『故 白石さくら儀 葬儀式場』の文字が脳裏に甦り、心拍数がドクンと上がる。しかし、出ない訳にはいかない。意を決して俺は着信画面の応答ボタンをタップした。

「もし、もし」俺はなるべく平静を装って電話に出た。

たくみさんですか。さくらの母です」さくらの母親の声は、最初の電話よりは落ち着いていた。

「はい。そうです。小母さん、どうしました?」俺は音高く鳴き喚く信号機の誘導音にかき消されないように、スマホを耳に押し当てた。

「先程、高空たかぞら警察署の交通課のハ七三はなみさんというお巡りさんから連絡があって、さくらが高空市中央病院に運ばれたと教えられたんです」

「市中央病院ですね!?」俺は急いで聞き返した。

「そうです。私はこれから急ぎ向かうのですが、匠さんは?」

「僕は自転車でお宅に向かっている途中です」俺は即答した。

「それでは、病院で落ち合うのはいかがでしょうか? 私はタクシーで向かいますので」

「分かりました。僕はこのまま中央病院に向かいます」

「お手数お掛けしますが、よろしくお願いいたします」そう言うと小母さんは足早に電話を切った。

 信号は赤に戻ってしまったが、行き先は変わった。目指すはさくらの家、ではなく、高空市中央病院だ。

「って、中央病院って、どこだよ!」市内の病院とはいえ、咄嗟とっさでは場所が出ない。マップアプリを起動し、検索窓に『高空市中央病院』と打ち込むと、一発で住所が出た。現在地から向かうとなると、3kmちょっとあるようだ。

「あー、マジか……」

 そのまま、ルートガイドシステムを作動させる。とりあえずナビさえあれば、どうにか辿り着けるだろう。

……さくら、死ぬんじゃないぞ!……

 俺は力強く自転車のペダルを踏みしめた。

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