★番外編だよっ★

★トラック事故は突然に★



 会社で自主勉中、鷹明は首を傾げた。

「どうしたんですか?」

 何やら衣装を作っている片岡が訪ねる。コスプレ衣装を作るのが趣味らしい彼女は、仕事着をたまにこうして会社で作ることがあるのだとか。

「この前の浜村照美もそうでしたけど、過去のケース読むと、めっちゃトラック事故多いなって」

「その疑問にたどり着いてしまいましたか…」

 なぜか片岡がとても楽しそうに笑っている。


「異世界転生をする方法は二つあります。『生きたまま行く』か『死んで行く』です」

「すごい極端ですね」

「まず『生きたまま行く』ケース。例えば、向井さんが前回担当した「遠野 道夫」。彼は社会に疲れ、現世から逃げたいという強い意志によって異世界転生しました。その場合、無意識に『自分で異世界に行っている』のです」

 そして、と片岡は続ける。

「『死んで行く』ケース。浜村照美のケースですね。文字通り、死ぬことにより『意志が別の世界へ行く』のです」

「意志が?」

「生きていれば歩けますが、死んでしまえば歩けません。死んだ場合、現世から逃げたい、という意志だけが強く残り、死んだ体を捨て、意志だけが異世界へ転移するのです。なので『死んで行く』場合、【回収者】を見つけても、体が死亡状態にあるので、戻ってもただ死ぬだけ、という場合があります」

「え、ってことは、浜村照美はこっちに戻る選択をしていたら、死んでいたかもってことですか?」

「その通りです。この理由が全てではありませんが、浜村照美の場合、残った方が良いと言ったのはこれも理由の一つになります。まぁ、死後転移したことで、死ぬ前の状態に体がリセットされることもあるので、むしろ転生して良かった、という場合もありますが」

「それって僕たちで判断できるんですか?」

「ぶっちゃけ、戻ってきてみないとわからないです」

 鷹明は頭を抱えた。せっかく回収者を連れて帰っても、トラックにひかれてぐちゃぐちゃになった死体が足元にあるかもしれないと思うと…寒気がした。体がブルブル震える。


 話を戻しますが、と片岡はさらに続ける。

「なぜトラック事故が多いのか。それは『100%の死』があるからです」

「100%の死?」

「走行中のトラックに轢かれたら、ほぼ100%死にますよね?『死んで行く』場合、必ず『体が死ぬ』ことが条件となります。乗用車とかバイクだと、死亡確率は落ちますよね?異世界転生せず、ただただ痛い目を見ただけで終わってしまいます」

「なるほど…」

「そして『交通事故』とは、私生活の中で誰にでも起こりうることです。そして防ぎようがありません。日々『死にたい』と思っていても、人間なかなか自殺が出来ないものです。トラック事故は自らでなく、他意により引き起こされる。まさに理想的な『100%の死』なのです」


 さて、と片岡は作業の手を止め、鼻の下で手を組んだ。

「ここからはあくまで“噂”なのですが…そういう仕事もあるらしいんです」

「そういう仕事って…まさか」

「人を異世界転生させるために、わざと事故を起こす会社…私達とは真逆の立場。その名も“株式会社GATE”。自殺することのできない異世界転生希望者を轢き殺す仕事です。その多くはトラック事故ですが、学校に爆弾を仕掛けたり、通り魔に扮して依頼人を刺したり…手段は様々だと聞きます」

 ふふん、と、片岡は得意げに笑いながら、向井を見る。


 向井は、目を細めて笑っている。

「さすがにそんなウソには引っ掛かりませんよ」

「純粋無垢な向井さんなら引っ掛かってくれると思ったのに」

「純粋無垢じゃないっすよ~僕だって下心ぐらいあります」

「彼女いないのに?」

「いなくてもあるんですよ!」

 片岡も笑いながら、作業に戻った。



 あながち、嘘じゃないかもよ、と二人の会話を聞いていた橘が笑った。





★こっちに異世界転生★




 また別の日、鷹明は橘に質問を投げかけた。

「逆に、誰かがこの世界に異世界転生してくることってあるんですかね?」

「あるわよ」

 橘が、あっさりきっぱり答える。

「え?会ったことあるんですか?」

「こういう仕事してたらね、鷹明君もいつか会えるかもね」

「へぇ…意外とその辺にいたりするんですかね?わからないものですね」

「そりゃそうでしょ。こっちから異世界転生した【回収者】だって、上手く世界に馴染んで生きてるんだし」

「確かに…そういえば、転生時に多くの能力を得ることがあるっていくつかのケースで見ましたけど、過去の偉人とか、今活躍してる人たちって、もしかしたら異世界転生者なのかもしれませんね」

「その可能性は高いわね。天は二物を与えないっていうけど、異世界転生者は“天”が作った人じゃないもんね」

「二物与えられてる人か…この会社には多い気がしますね。僕以外、皆異世界転生者だったりして」

「あら、あなたも例外じゃないと思うわよ」

 橘がウインクする。鷹明の頬が赤くなった。

「橘さんこそ!美人で仕事が出来ていい人で…二物どころか三物じゃないですか!」

「ふふ、ありがとう。そういう、直球で褒めてくれるところ、好きよ」

「やめてくださいよ!」

 鷹明が顔を覆う。可愛い、と橘がつぶやいた。





★なぜチートになるのか★


 東谷とのケース、大都市【トレーザ】に向かう途中、鷹明はふと東谷に疑問を投げかけた。

「元の世界の遠野道夫と、この世界のアラン…同じ人物のはずなのに、随分印象が違うのってなんでなんですか?」

「あ?」

 説明が面倒、と言わんばかりに、東谷が顔をゆがめた。

「いやあの…今後の参考にできれば…」

「チッ…そもそもこの世界は、いったいどこにあると思ってんだ」

「どこって…ゲームの中?」

「じゃあ今、誰かがプレイしてんのか?俺たちはそのプレイヤーに動かされてんのか?」

「それはないと思いますけど」

「そうだ、ゲーム内じゃない。けど元の世界に存在しない。ならばここはどこなのか?地球の裏か?宇宙の果てか?」

 自分が聞いたのに、なぜか質問攻めにあっている。鷹明は何も答えられず、唇を噛んだ。

「俺もよく知らないが、入枝曰く、異世界転生のほとんどが【回収者が生み出した世界】らしい」

「【回収者が生み出した世界】?」

「世界ってのは、実はいつどこにでも出来る可能性があって、【回収者】の強い意志が世界を作り出してる、っていう話だ」

「それって…【回収者】が神様ってことじゃないですか?」

「だから強くなるんだよ。なんたって自分の世界だ。自分に都合よく作るのは当たり前だ。それが意識的にしろ、無意識にしろ…な」

「でもそれって、アラン…遠野道夫が元の世界に戻ったら、遠野道夫が作った世界はどうなるんですか?」

「無くなる可能性が高いが…世界がちゃんと構築されている場合、残ることも多いんだとよ」

 東谷はため息をつきながら、床に寝そべった。

「俺は寝るぞ、話しかけるな」

「はい…すみません」

 それからまた静かな時が流れる。【トレーザ】までの道のりは、まだ遠い。





★美人の法則★




【トレーザ】までの道のりの途中。一行は休憩のためとある村に停泊した。その村に一軒しかない酒場で食事をとることとなる。

「商人様方々、お疲れでしょう!たーんとおあがりください!」

 店の主人兼料理人らしき女性が笑顔で料理を振舞ってくれた。女優かモデルなのでは?と思うほど美人でスタイルが良い。そして料理もおいしそうだ。

 しかし、東谷は全く手を付けようとしない。

「東谷さん、食べないんですか?」

「俺はさっき食ったリンゴで腹いっぱいだ」

 そうなんだ、年取ると食欲減るって聞くけど、実際そうなのかな?と思いながら、鷹明は一口料理を食べた。そして、気を失った。


 ハッと息を吸った。どこかに寝そべっている。身動きした鷹明に気づいた東谷が声を掛ける。

「おー生きてたか」

「一瞬、元の世界に戻った夢を見ました」

「お前も異世界転生してどうすんだ」

 ふん、と東谷が鼻を鳴らす。

「大事なことを教えてやる。異世界にいる美人の料理は食うな」

「なんでですか?」

「異世界の美人っつうのは、こぞって料理が殺人兵器になる」

「うそでしょ、料理下手な人は聞いたことありますけど、殺人兵器とまでは…」

「この前も言ったが、この異世界は【回収者】が無意識に作った場合が多い。【回収者】は元の世界にいる『能力の高い人物』に嫉妬していることが多い。仕事が出来て金があって、見た目が良くて料理が出来る。んなやつが本当に要る。せっかく自分がチートになったのに、他の登場人物が何もかも出来たらチートでも印象が薄れる。だから他キャラクターに欠点が設定されるわけだが…なぜか美人は決まって“料理下手”にされる」

 美人の料理下手設定か…欠点、というよりは、美人が料理下手だったらちょっといいなって思う。なんでもできそうな人が、生きていくうえで大切な料理が出来ない…そういう設定。萌える。




「っていう話を東谷さんとしたんです」

「人が作るものを“殺人兵器”なんて、ひどいですね」

 東谷から聞いた話を目黒に伝えると、目黒はプリプリと怒った。そして自分で作った弁当を食べた。

「目黒さんは料理上手ですよね」

「え?それって私が美人って話ですか?」

「そう思いますけど」

「ありがとうございます」

 目黒の頬がちょっと赤くなる。鷹明は特に気にすることなく続ける。

「実際、美人って料理上手まではいかなくても、普通に料理作れるイメージがあるんですよね」

「そうですね、美人さんは身なりをちゃんとしてますから、メイクが出来たり、アクセサリーをつけたり、器用な人が多いんですよね。器用ってことは簡単な料理は出来るってことですし…。美人さんに関しては、異世界より絶対こっちの方がいいと思うんですよね」

「そうですね、連絡手段、移動手段、そして美人はこっちの世界の方が断然良いですね」

「ちなみに、私もカレーくらいは作れますよ」

 鷹明と目黒の間に、片岡が割って入る。

「うわ!片岡さん!」

「いや、くらいじゃないですね…カレーは実際作るの大変なんですよ、材料をいい感じの大きさに切って、いい感じに焼いて煮込んでルー溶かして、いい感じの硬さの米炊いて…めっちゃ大変なんです!普通に私料理上手です!」

「そうですね…でも片岡さんは、美人っていうより、可愛いって感じですよね」

 片岡が固まる。

「…そこは『美人じゃないっすよ』の方が面白かったです」

「面白くしてどうするんですか!」

 片岡さん…可愛い照れ隠し、と目黒が笑った。




「あ、橘さんは料理上手ですか?」

「さぁ、作ったことないからわからない」

 え、とその場にいた3人が絶句した。

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