最初はだいたいテンプレート通り

 必要最低限の生活費、それ以外の給料はタバコと酒とパチンコに消えていく。東谷にとっては贅沢な使い方だ。持ち金が無くなったところで、東谷はパチンコ店を後にした。


 電車に乗る。空いている座席に座ると、先に座っていた隣の女性が顔をしかめながら立ち上がった。悪かったな、臭くて。東谷も顔をしかめる。


 ほどなくして、株式会社HOMEに到着する。4階フロアは主にデスクワーク用の設備になっている。5階フロアは作業部屋、と言う名の入枝の部屋と接客用の部屋がある。6階フロアは社長室兼自宅だ。東谷は4階フロアの戸を開ける。

「あら、春生ちゃん、おはよう」

「あ?なんで橘がいるんだよ…つか下の名前で呼ぶなっつってんだろ」

「いいじゃない、春に生きるななんて、素敵な名前」

 橘 花枝、主に【依頼人】の交渉や【回収者】の調査をやっている。目黒も美人に部類する女性だが、橘は取り分け美しい。まさに高嶺の花だ。橘はソファでくつろぎながら書類をめくっている。

「仕事か?」

「残念、終わった仕事の確認よ」

 チッと舌打ちしながら東谷は橘の斜め前に座った。橘は依頼の処理をほとんど一人でやっている。彼女が依頼の処理をしていないということは、新規の仕事がないということだ。

「仕事ねぇのかよ」

「あら仕事熱心ね」

「金が欲しいんだよ」

「お給料振り込まれたの1週間前でしょ?もう無くなっちゃったの?」

「うるせぇな」

「だらしないわね、ギャンブルにばっかりお金使ってないで、その青白くて不健康そうな身体をどうにかしなさい」

「母親かあんたは」

 東谷は深いため息をついた。


 おはようございまーす。と、元気な声がフロアに響く。

「あ、東谷さん!おはようございます!」

「うるせぇぞ日野」

「おはよう一色君」

 日野 一色ひとしき。東谷と同じく【捜索組】だ。東谷とは真逆の、健康体で熱血漢。東谷の後輩だ。東谷は日野に苦手意識を抱いているが、日野は東谷を「尊敬できる先輩」と捉えているようだ。


「一色君も仕事探しに来たの?残念、今新規がないのよ」

「そうですか、いいことです」

「何がいいことだ。依頼がなきゃ俺らに給料は支払われないんだぞ」

「少し仕事がなくても、生活に困るような給料じゃないでしょう?他の会社に比べれば、僕らはかなりもらってるようですよ」

「一色君、春生くんはクズだから、すぐお金なくなっちゃうのよ」

「はいはい、おれはクズですよ」

 東谷は苛立ちながら煙草を取り出す。フロア内禁煙、と橘がすかさず言った。東谷が舌打ちした。


 日野が東谷の隣に座る。

「東谷さんは最近どんな案件やってたんですか?」

「よくあるRPGでやりたい放題楽しくやってたやつを回収してきた」

「そうですか…その人も、こっちでやり直せてたら良いですね」

「そうだな」

 東谷の言葉に感情は全くない。


 言葉巧みに無理やり【回収者】を連れて帰る東谷に対し、日野は説得に説得を重ねて【回収者】を連れて帰る。仕事の数では東谷の方が多いが、こちらに戻ってきた後【回収者】から感謝されるのは、断然日野の方が多い。回収後も連絡を取り合っている人もいるらしい。


「そういえば…ねこさんは」

 日野が重々しく口を開いた。橘は首を振る。


 描田 雫。彼女も【捜索組】だ。

「かいだ、じゃなくて、ねこって呼んでください!描くって感じって猫っぽくないですか?私絶対ねこって感じじゃないですか!周りもねこちゃんって呼んでるし!よろしくお願いします!」

 初出勤早々、元気に明るく言っていた姿を思い出す。随分ぶっ飛んだやつがきたと思ったものだ。しかし彼女は仕事を覚えるのが早かった。【捜索組】としての早く【回収者】の説得も上手い。【捜索組】史上最高だと言われていた。


 しかし彼女は半年前、仕事に出たきり戻ってきていない、連絡も取れない。つまりは行方知れずということだ。


 転移先で連絡を取る手段は、その世界によって違う。転送方法や戻り方も、一つとして同じものはない。統一できないのか、と入枝に聞いたことがある。

「無理っすよ、異世界は世界そのものの作りが全部違うんす。魔法があったりなかたり、運が良けりゃ通信機器があったり、脳に直接話しかけられたら俺も楽なんすけどね」

 そういっていた。


 描田が転移した先は、転移した場所に描かれた魔法陣の上に立つことで連絡を取っていた。つまり、描田が魔法陣の上に立たない。最悪、魔法陣が消失した場合、向こうと連絡の取りようがないのだ。


 当たり前の話だが、転移先で【回収者】が行方不明、もしくは死亡することもある。戻れない可能性を加味し、基本的に転移は原則一人で行う。もちろん新人はしばらく2人でやることになるが、1人にしなければ、最悪のケースが起きた場合、2人も死者を出すことになる。それを防ぐための1人での捜索だ。捜索の期限はこちらの世界時間で最長1年。それを超えた場合、回収は失敗となり、捜索は終わる。そして、捜索終了時に【捜索組】と連絡が取れなかった場合、死亡扱いとなる。


 描田のリミットはあと半年。それまでに彼女が戻らなければ…。

「まぁねこさんなら大丈夫ですよね。とても優秀ですし、今回はじっくり【回収者】を説得してるんですよ」

 日野は自分に言い聞かせるように言った。

「案外、転移先で楽しんでるのかもしれないですね」

「描田ならありうるな」

 橘が微笑み、東谷が笑う。



 フロアの扉が開いた。

「橘さーん、今から出られますか?」

「雛ちゃん、問題ないわよ」

「仕事か目黒?」

 東谷がいることいに気が付き、げ、と目黒は顔をしかめた。目黒が東谷のことを嫌いっているのは誰の目からも明らかで、真面目で清潔な目黒、不真面目で不潔な東谷では仕方のないことだろう。それでも、仕事だからと目黒が東谷を邪険に扱うことはないが…態度は御覧の通り、あからさまだが…。

「男?女?」

「不躾ですね、ちゃんと主語をつけて聞いてください」

「面倒くさぇな、回収者は男か女か、どっちだ」

「男性です」

「よし、日野、この仕事俺がもらうぜ」

「ちょっと東谷さん!社員のスケジュール管理はこちらの仕事ですよ!」

「いいですよ目黒さん、俺、まだ懐に余裕があるので」

「羨ましいね日野。つうことで、早めに頼むわ橘」

「了解、星出くんの準備は?」

「今してもらってます。それから、今回のケースは新人の向井さんと同行してもらいます」

「は!?なんで俺がまた新人を!?」

「このケースに新人をつけると決めたのは社長です。東谷さんが何も聞かずに勝手に仕事請け負ったんでしょ」

「ぐっ」

「というわけで、向井さん!依頼者の話を聞きに行くところから同行してほしいので、橘さんと一緒に出てください」

「は、はい!」

 奥の応接間にいた鷹明が立ち上がった。

 いたのか、と東谷がボヤく。大方、この仕事の勉強でもさせれれていたのだろう。

 鷹明はそそくさと歩き、橘の前に立ち、宜しくおねがいします。と頭を下げた。よろしく、と橘が微笑んだ。

「あ、あの、ご挨拶が遅れてすみません。橘さんには先程ご挨拶したんですが…。先日からここで働かせていただくことになりました向井 鷹明と申します。よろしくお願いいたします!」

 鷹明は東谷と日野に向き合い、深々と頭を下げた。

「俺は日野一色。よろしくね向井くん」

 日野は言葉を返したが、東谷は何も言わなかった。



 鷹明は橘に誘導されるまま、会社の車に乗り込んだ。運転席には橘、助手席に向井、後部座席に見知らぬ男が座っている。

「最初に聞いたときから思ってたけど、向井鷹明ってかっこいい名前ね、戦国武将みたい」

 橘は運転しながら言った。

「はは、そうですか?」

 鷹明は愛想笑いをする。膝においた握りこぶしに汗が滲んでいる。

「さっきはごめんね」

「え?」

「ねこちゃんの話、聞いてたでしょ?あなたがいるってわかってたんだけど…知ってた方がいいことだから」

 聞いていた。全部。

 まだなんとなくしか、この会社でやっていることはわからないが…とんでもなく危険な仕事であることはあの会話から理解できた。本当に、とんでもない会社に入ってしまった様だ。

「安心しなさい、転移先に探しに行くだけが仕事じゃないわ。雛ちゃんみたいに雑務を請け負う仕事もあれば、依頼者に話を聞いたり、身辺調査をする私のような仕事もあるし、後ろに座ってる洸次郎くんや哲くんみたいに、異世界の調査をしたり、扉を見つけたり、連絡を取る仕事もある。自分にあった仕事をみつけなさい」

「はい」

 自分にあった仕事…。この会社で見つかるだろうか?何も知らずに飛び込んだ自分に、こんなハードな仕事を勤めることができるのだろうか。鷹明には不安しかなかった。


 ほどなくして、とある一軒家に到着する。橘と鷹明だけが車から降り、チャイムを鳴らす。家主はすぐ出てきた。

 家の中に案内される。よく見る普通の家庭、という内装だ。二人は案内されたリビングの椅子に腰掛ける。家主が二人に日本茶を出した。

 あいさつもほどほどに、橘がノートパソコンを取り出した。

「では契約内容の確認をいたします。回収者の名前は【遠野 道夫】24歳。依頼者様のご子息。2ヶ月前、自室から忽然と姿を消して以来、行方がわからないのですね?」

「はい、半年ほど前から部屋にこもるようになって…いつものように朝食を持っていったら息子の姿がなくて…」

 そう話す依頼人、母親の頬はやつれ、肌色が悪い。当たり前だ、2ヶ月も息子が行方不明なのだから。鷹明の胸が痛む。

「警察に通報しましたけど見つからなくて…途方にくれているときに、知り合いから御社の話を聞き、藁にも縋る思いでお電話いたしましたの」

 母親は今にも泣き出しそうだ。

「契約前に確認いたしましたが、再度確認さていただきます。こちらの調査で道夫さんが異世界に転移されたとわかった場合、そのまま調査は続行されますが、確認されなかった場合は契約は破棄となります。また、調査開始から1年経った時点で道夫さんが見つからない、もしくは回収不可能となった場合、その時点で契約は終了となります」

「はい、わかっています。私は異世界というものがよくわかりませんが…尽くせる手はすべて尽くしたいのです」

 う、と、ついに母親は泣き出した。橘が立ち上がり、母親の背を撫でる。

「すぐに調査を開始いたします。道夫さんの自室を見せていただきますね」

「はい、何でも聞いてください」

 宜しくおねがいします、と母親は消え入りそうな声で言った。


 橘の支持で鷹明は車に残っていた星出を呼びに行った。

 星出 洸次郎。異世界の扉を見つけたり、連絡を取る入枝の補佐をしている。なんとなく、入枝に似ている。

 家に上がった星出を連れて回収者の自室へと向かう。ドアの前に橘が立っていた。お邪魔します、と星出が一番最初に部屋に入る。

「うん、典型的なオタクの部屋ですね」

 部屋中を埋め尽くす漫画とゲームソフト。部屋の奥にはパソコンが2台ある。

「この部屋で、回収者さんが消えたんですよね」

「はい、警察の方にも調査していただきましたが、窓から出た形跡はなく、家に靴も残っていたので、消えた、としか言えないようです」

 向井の独り言に答えるように、いつの間にか部屋の外にいる母親が答えた。

 二人が話している間、星出は部屋の中をくまなくスマホで撮影している。

「パソコンの電源をつけてもいいですか?」

「はい」

 許可を得た星出はすぐにパソコンを起動する。そしてすぐさま、CDドライブの取り出しボタンを押した。

「お子さんがいなくなった朝、部屋を見に来たとき、パソコンは付いていましたか?」

「すみません…そこまでは覚えてなくて」

「構いません」

 なるほど、と星出はつぶやく。

「【アランの伝説】お子さんは随分レトロなゲームが好きだったようですね。直前までこのゲームで遊んでいたようです」

「そうなんですか?」

「【アランの伝説】は昔からある定番のRPGゲームです。主人公のアランを操作し、武器や魔法を駆使して、最後に魔王を倒せばエンディングを迎えることができる」

 星出は、煌々と光るデスクトップを睨んだ。


「間違いないですね、息子さんは、この部屋から、このパソコンから、異世界に飛んだようです」




 依頼者の家を出ると、星出は一人電車で会社に帰ると行ってしまった。残された鷹明と橘は車に戻る。橘がすぐにどこかへ電話をかけた。

「もしもし秀紀さん。こんにちは、調べてほしいことがあるんです。あぁ、やっぱり気づいてました。そうです。遠野 道夫さんについて…はい、ではいつもの喫茶店で。あ、今回新人君が一緒なのでご指導のほど、よろしくお願いいたします」

 橘が電話を切り、車のエンジンをかける。

「これからどこに行くんですか?」

「悪い刑事に会いにいくのよ」

 悪い刑事?と鷹明は首を傾げた。


 いつもの喫茶店、と言われたので、雰囲気のある古屋のような喫茶店を予想していたが、以外にも新しいチェーン店だった。

 喫茶店に入ると、先に来ていた悪い刑事が先にコーヒーを飲んで待っていた。

「あんたが新人か、ずいぶん若いな」

「なんと!うちにしては珍しく新社会人ですよ!眩しいでしょ?」

「あの会社でその眩しさが無くなっちまわないといいがな」

 スーツはシワクチャで小太りなおっさん刑事だ。ドラマとかで若い刑事にこっそり助言したりフォローしてくれそうなタイプ、と鷹明は思う。

「徳本 秀紀さんよ。うちに情報を横流ししてくださる悪い刑事さん」

「おいおい、その情報で仕事できてるのはあんた達だろ」

「あら?その情報を高値で買って黙ってて上げてるのも私達ですよ。それに、メールのやりとりでいいのにわざわざ毎回こうやって会ってしゃべるの、私と話したいからでしょ?」

「そりゃ、別嬪さんと話すなんて、こんな機会しかねぇからな」

 徳本はニヤリと笑った。

「早速仕事の話をしようか…。遠野道夫、お前らの案件だと思って情報盗んできてたぜ。お決まりのパターンだ。やつの就職先はブラックってやつだな。上司にこっぴどくやられていたらしい。新人いじめの常習犯だ。耐えきれなくなった遠野道夫はついに半年前から引きこもりになった。トイレ以外は部屋から出なかったそうだ。もちろん、部屋から出た痕跡もない。警察では隠し持っていた靴で、夜中にこっそり出ていったと考えて探しているが…数ヶ月も部屋にこもってるやつが、突然一人で外に出るわけがねぇだろ。神隠しにあったって方がまだ筋が通る。母親は案の定、息子が上司にいじめられてたことは知らねぇよ」

「そうですか、ありがとうございます」

「もう行くのか?スイーツでも食ってけよ、おごってやるのに、あ、野郎には奢らねぇぞ」

「奢ったことなんで一度もないでしょ、むしろいつもこっちがコーヒー台出してるじゃないですか」

 言って、橘は徳本の前に封筒を差し出した。それを彼は無言で懐にしまい込んだ。

「ひひ、悪いな、いつも高いコーヒー頼んじまって」

「いいんですよ、じゃあ鷹明くん、会社に戻りましょうか」

「はい」

 橘はすぐに立ち上がり、その場をあとにする。鷹明は徳本に軽く会釈して橘のあとを追った。



 車に戻ると、橘はまっすぐに会社へと戻った。4階には行かず、5階の作業部屋に入る。前と同じ、入枝がパソコンの前に座り込んでいる。

「哲くんどう?転移先は見つかった?」

「秒殺っすよ、いつでもいけます」

「さすが哲くん、年々ゲートを繋ぐのが早くなってるわね」

「まぁ、そっすね」

 入枝が得意げに鼻先をかいた。

「俺もいつでもいけるぜ」

「わっ!」

 部屋の影からヌッと東谷が出てくる。気づかなかった。

「んだその白けた声は、しっかりしろ、今から異世界行くんだぞ」

「え?今から!?」

「他の捜査組の子たちは色々準備があるから最低でも1日かかるんだけど、春生くんは何も持たずにスーツ一着で行っちゃうのよ。そういうところはかっこいいわ」

「持ち上げてもいみねぇぞ。ばばあに興味はない」

「あらひどい、まだ50台前半よ」

「ごっ!?」

 嘘だ。どうみたって30台前半なのに!?

「おら向井、行くぞ」

「え!」

 東谷が向井の首根っこを掴んでパソコンの前に立つ。入枝が作業で使っているのとは別物だ。なにやらゲーム画面が写っている。


「いってらっしゃい」


 橘が手をふる姿を最後に、向井の意識が無くなった。

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