とんでもねぇ会社に就職したかもしれない

 やばいやばい、やばいやばいやばいやばい。


 向井 鷹明は頭を抱えていた。就職先がない。4年前、都会の大学で華やかに暮らすんだと両親に言った自分を呪う。1年前、こんなご時世だがバイトも就活も上手くいっているから、心配するな、仕送りはいらないと両親に言った自分を呪う。半年前、「就職するんで」と大見得きってバイト先を華々しく出て行った自分を呪う。


 現在3月飛び越え6月。大学を無事卒業したが、鷹明は新社会人になることは叶わなかった。大手は悉く落ちた。中小はそもそも新入社員をほぼほぼ募集していない。数多ある医療介護系で働きたくない。


「選んでる場合じゃない…んなこと言ってらんねぇのわかってんだよ…」

 はぁ、と鷹明は煌々と光るパソコンの前で突っ伏した。時給1200円のバイトで貯めた貯金はあと僅か。


「実家に頼るか…バイト先に戻るか…いや、どっちも恥ずかしすぎる…無理だ」

 鷹明は顔を上げ、再びPC画面を見る。

「泣いてる時間はない…こうやって手を止めてる間に、他のやつに就職先を取られる…」

 鷹明は開いていた就職サイトのウィンドウを閉じる。

「就職サイトはだめだ、もう医療介護系しかない。あっても資格のない俺じゃどこも雇ってもらえない…個々のサイトで募集がないか虱潰しに探すしかない。それがダメなら」

 ダメなら…?鷹明の脳裏に、連日報道される自殺者のニュースの字面がよぎる。感染病、就職難、孤独、その先にあるのは自分も行く道かもしれない。


 鷹明は首をふる。それだけはあってならない、しっかりしろ、俺は大丈夫だ。


 適当に文字を打ち、手あたり次第ヒットする会社を調べていく。


「あ、ここ…」


【株式会社HOME】

「新入社員…募集!未経験歓迎!資格不要!年齢不問!学歴不問!」

 瞬間、鷹明は『応募はこちらから』のボタンを押していた。入力画面が出てくる。

「えぇっと…氏名と性別と年齢と住所と顔写真…データでいいのか」

 鷹明は必要事項を入力し、早々に確認、応募ボタンを押した。


 押してから、ふと我に返る。

「そういえば、職務歴欄がなかったな、最終学歴も…志望動機も」

 あれ?もしかしてやばいところに応募したんじゃないのか?


 突如、スマホが鳴り響く。鷹明は慌ててスマホを手に取る。知らない番号だ。

「もしもし?」

『もしもし?えぇっと、向井鷹明さんですか?』

「はいそうです」

『私、株式会社HOMEの代表取締役の平山と申します』

「え、え、だだだいひょうとりしまりやく??」

 そんな、社長自ら電話って…。いや、小さな会社なら珍しくないか。落ち着け俺、就職するチャンスだぞ、落ち着いて話せ。

「はい!私は向井鷹明と申します!」

『ちょっと面接じゃないんだから、肩の力を抜きなさい、うるさいよ』

 電話の向こうで笑っているのがわかる。

「も、申し訳ございません」

『でもまぁ、普通の人っぽいね、いいよ、いつから来れる?』

「え?」

『合格だよ、おめでとう』

「いや、でも…いいんですか?俺で…」

『君ねぇ、ここは推すところだよ?こういうご時世だから色々疑いたくなる気持ちはわかるけどね』

 また笑い声。

「で、でも!志望動機とか学歴とか聞かなくていいんですか?」

『まぁ、学歴はあったことにこしたことはないけど、志望動機に関してはねぇ…お金でしょ?人が就職する理由なんて9割お金のためでしょ?そんなの聞いたって意味ないよ。で?いつからこれる?』

「あ、明日からでも!」

『明日ね、じゃあ明日当社に、9時にきてね、よろしく。あぁあと、就職おめでとう』


 一方的に電話が切られた。

「や…やった…就職だ!」


 疑問も疑念も吹っ飛んだ。鷹明は飛び上がった。





 翌日8時30分、鷹明は【株式会社HOME】と書いてあるプレートの前立っていた。都会のビル群から少し離れた小さなビルの4階。会社の場所は確認した。早すぎる到着はご法度だ。どこかで時間を潰そうと鷹明は踵を返す。

「おはようございます。あなたもしかして向井鷹明さん?」

 返すと、そこには女性が立っていた。

「え、あ、は…」

「驚かせてごめんなさい。私は目黒 雛と申します。HOMEで働いています。向井さんとても真面目ですね、こんなに早く出勤なさるなんて」

「あ、も、申し訳ございません!」

「いいのよ、でも、この仕事は真面目すぎると辛いから、肩の力抜いてね」

「は…はい」

「じゃあどうぞ、会社を案内します」

「し、しかしまだ30分も早いですよ」

「あら、私たちはそんなこと気にしないわ。出社時間、みんな自由だし…あ、もしかしてお給料のこと気にしてる?なら30分、多く付けとくわ」

「いやいやいやいや!そんなこと言ったわけでわなく!」

「ふふ、わかってるわよ、向井さん本当に真面目ね。気になるなら30分後に出直してもいいわよ」

「いえ…あの…お邪魔します」

「向井さん、あなたはもううちの社員なのよ?お邪魔しますなんて言い方しなくていいわ」

「はい、ありがとうございます」

 向井は頭を下げた。


 目黒について歩き、一緒にエレベーターにのる。ベージュのスーツが似合う小綺麗な女性だ。優しい声色、優しい対応、優しい表情。良かった…ブラック会社に飛び込んだのではないかと心配したが、健康そうな彼女を見る限り、死ぬほど働かされることはなさそうだ。


 4階で二人はエレベーターを降りた。目の前に【株式会社HOME】と書かれた透明な自動ドアがある。

「会社といっても、うちは会議とか営業とかないし、社員もほとんど出社しないからフロアが少ないのよ」

 目黒について会社に入る。綺麗で広々としている。よく会社のイメージにある、パソコンがずらりと並んでいるわけでもなく、部屋がいっぱいあるわけでもない。目黒と鷹明以外、誰もいない。

「この階は雑務をするこの部屋と、あっちに客室がある。上の階には作業部屋と休憩室…一応社長室があるんだけど、ほぼ社長の家状態ね」

 目黒は苦笑する。


 道路に面したガラス窓、その近くにテーブルとソファがある。目黒は向井にソファに座るように促した。

「飲み物持ってくるからちょっと待っててね。コーヒーでいいかしら?」

「はい」

 本当はあまり好きではないが…。



 目黒がコーヒーを持って戻ってくる。

「そういえば、うちの会社の事業はご存じ?」

「えっと…人探し…ですよね?」

 HPで事業内容を読んだがよくわからない文字の羅列が並んでいた。結局、よくわからないまま出社した。

「そうねぇ…あなた、漫画読んだり、アニメ見たりする?」

「そういったことはしないですね」

「なるほど、じゃあわからないか」

 鷹明の肩がビクリと揺れる。

「あぁ、おびえないで、内定取り消しとかしないから。うち多いのよ、そういう人。よくわからないけど応募したって…それでここで働いてる人も結構いるし、えっと…」

 目黒はコーヒーをテーブルに並べ、近くのデスクにおいてあるパンプレットを鷹明に見せた。

「最近、行方不明者や事故後の死体が消えるってよく聞くでしょ?」

「あぁ、神隠しとかなんとか言われてるやつですか?」

「その神隠しに会った人たちを探すのが私たちの仕事」

「そんなこと…警察でもないのに出来るんですか?」

「警察にできないことをするのよ。ここから先は見た方が早いわね」

 ついてきて、と目黒が立ち上がる。鷹明も、出されたコーヒーを一口も飲むことなく、目黒についていった。


 5階へ会談で上る。

【作業部屋】とプレートが張ってあるドアを、目黒はノックもせず開いた。

「入枝さーん、新入社員さんに仕事体験してほしいんですけど、今どこかと繋がってます?」

「はい?」

 入枝、と呼ばれた男。暗い部屋、パソコン、猫背、メガネ、小太り、三十歳台と思われる。典型的なオタクっぽいと鷹明は思った。

「目黒さん、そういうこと早めに言ってくださいよ」

「言ったって準備してくれないじゃない」

「面倒くさいんすよ」

「わかったから、どこかと繋がってる?」

「東谷さんがもうすぐ帰ってくるところっすよ」

「相変わらず成績だけはいいわね。【回収者】の評判は最悪だけど、まぁいいわ、転送方法は?」

「床に魔法陣書いてあるんで、立ってれば送りますよ」

 なんの話かさっぱりわからない。

「じゃあ向井さん、気合入れてくださいね!」

 目黒は両手を握り、頑張ってのポーズを取る。

「気合?え?」

「それじゃあ行きましょう」


 突如、目の前が真っ白になった。





 ハッと意識が覚醒する。

「向井さん大丈夫?どう?初めての異世界は?」

「いせ…は?」

「ふふ、周りをみてごらんなさい」

 周り、と辺りを見渡す。


 木々が生い茂る…森っぽい。踏みしめてるのは土、見上げれば空。

「え?今会社にいたんじゃ…」

 見上げていた空に、何か飛んでいる…あれは鳥?じゃない!

「ドラゴン!」


 鷹明が叫んだ瞬間、グアアアアアアアアとドラゴンが雄たけびを上げた。思わず尻もちをつく。

「なに?え?目黒さん!何が起こってるんですか?」

「異世界に来たのよ。ふふ、向井さんリアクションがかわいい。今まで私が連れてきた新入社員さんの中でダントツにかわいいわ。期待通りでうれしい」

 目黒は腕を組んで苦笑する。

「ここに就職してくる人たちってみんな変わってて、達観してるというか、さとりを開いてるというか…みんなそれほど驚かないのよね…だから向井さんすごくいいわ。あなたみたいに普通の感覚持ってる人って、うちでは重宝されるかもね。あ、来たわよ、さっきのドラゴン」

 言って、目黒は前を見据える。鷹明も見る。


 ドラゴンが、こちらに、飛んでくる。


「ぎゃぁぁあああああああ!」

 鷹明にぶつかる寸でのところで止まった。

「畜生…毎度毎度、なんでドラゴンしか乗り物がねぇんだよ!どう考えたって車や飛行機の方が楽だし安全だ!こんなものに乗るやつの神経がわからねぇ」

 そういいながら、ドラゴンの背から一人男がおりてきた。スーツに身を包んだ男だ。

「あ?なんで目黒がいるんだよ」

「新人研修ですよ。東谷さん。回収者さん、泣かせてないでしょうね?」

「んなの本人次第だろ、俺の知ったこっちゃねぇ、おいこら降りてこい」

 続いて、違う男がドラゴンの背から降りてきた。色鮮やかなマントに鎧…そして閃く剣。絵にかいたような勇者がそこには立っていた。

「帰るぞ」

 東谷と呼ばれた男が言う。

「ちょっと、まだどこも案内してないんですけど!」

「お前の都合なんてしらねぇよ、俺は疲れてんだ。ドラゴン見せれば充分わかるだろ」

「近くの町まで行きましょう」

「んな初回クエストみたいなこと言ってんじゃねぇ!入江!転送しろ!」


 何もわからないまま、また目の前が真っ白になった。



 ハッと意識が覚醒する。元の部屋に…戻ってきたようだ。入枝が「お疲れっす」とつぶやいた。

「ごめんね向井さん、全然案内出来なくて」

「目黒、俺に新人連れて周れっつうなら、給料上げねぇと、絶対やらねぇからな」

「頼んだってやらないくせに!はぁ、日野さんだったらよかったのに」

「半人前と半人前を一緒にしてどうする、面倒になるだけだ」

「回収者の説得に関しては、日野さんの方がずっと東谷さんより優秀です!少しはアフターケアしないと、また異世界に行っちゃったらどうするんですか!」

「メンタルケアは業務外だろ、俺は帰るぞ」

「ちょっと、回収者さんをちゃんと依頼主のところまで連れて行ってください!そこまでは業務でしょう!」

「ちっ、目黒がやればいいじゃねぇか」

「私は忙しいの!」

 目黒は踵を返し、勇者に向き合った。鷹明もそれを呆然と見る。…あれ?勇者が立っていたところに普通のスーツ着た、冴えない男が立っている。

「【あの言葉は】私達からではなく、依頼者から受け取ってください、こちらへどうぞ、向井さんもついてきて」

「はい」

 鷹明は無意識に返事をして立ち上がった。勇者だった男は、何も言わず、目黒の背を追う。

「チッ、てめぇがやるんじゃねぇか、はーあ、女の相手は疲れるから嫌なんだよ」

「はいはい、そんなに疲れたならもう帰っていいですよ。東谷さん」

「ならお言葉に甘えて」

 そういって東谷は部屋を出て階段を下りて行った。


 鷹明達は隣の部屋へと移動する。目黒が戸をノックした。はい、とすぐ返事が聞こえる。勇者だった男が、ハッと顔を上げた。目黒はゆっくりと部屋の戸を開ける。

「幸弘!」

 部屋にいた女性が立ち上がり、名を呼ぶ。

「幸弘…」

 もう一度呼ぶ。

「かあさん…」

 勇者だった男がポツリとつぶやく。


 すると、女性がその場で泣き崩れた。その背を、隣に座ていた男がなでる。

「とうさん…」

「幸弘…すまん…いや、おかえり」

「う…ぐ、…おかえり、なさい」

「うん、うん、ただいま」

 勇者だった男も、その場で泣き崩れた。





「というわけで、死んで異世界転生した人を連れ戻すのが我々の仕事です」

 応接間に戻り、目黒は笑顔で言った。

「いや、その、なんというか」

 まだわからない。いやわかったけど、全然わからない。

「まだ理解できないことも多いと思うので、出来ることから一つ一つやっていきましょう。それから向井さんに合った業務をしていただくということで」

「あの、本当に申し訳ないんですけど、何一つわからないんです。あの、あの人…勇者っぽいひと、死んだんですか?なんで生きてるんですか?転生って、あの世界なんですか?ドラゴンって…と言うかどうやって移動したんですか」

「う~ん…正直私も詳しいことはわからないのよね…まぁ追々わかっていくと思うわ」

「ほんとに!?無理だと思うけど!」

 パニック気味になって、つい失礼な言葉が出てしまった。鷹明は両手で口をふさぐ。

「いいのよ気にしないで。ではさっそく、今日のあなたの仕事です」

 言って、目黒は鷹明の前にノートパソコンを置いた。

「仕事内容のレポートがあるから読んでください。わからないことがあったら聞いてくださいね。私、近くで電話応対とかメールの処理とかしてるんで。休憩は好きな時間に取ってくださいね、それじゃあ」目黒は立ち上がり、応接間を出て行った。



 とんでもねぇ会社に来た。

 鷹明は頭を抱えた。

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