株式会社HOME

秋山 拾

俺はね、最近はやりの長ったらしいタイトルは嫌いなんだ

【クエストクリア】という文字が目の前に浮かぶ。HPも回復材もギリギリだったが、なんとかクリアした。勇者はホッと胸をなど下した。

「ユキ」

 勇者の後ろから、魔法使いの少女がギュッと杖を握りしめながら声をかける。

「終わったのね」

「ああ、終わったよ」

 勇者が振り返ると、少女は目に涙を浮かべている。

「これで私たちはようやく魔王から解放される…ユキ、本当にありがとう」

 少女は深々と頭を下げた。勇者は少女の手を握る。

「さぁ、帰ろう、俺たちの故郷に」




【はじまりの町】まであと少し。町に至るまでの一本道は、月の光に照らされている。まるで魔王を倒した勇者を称えるように。疲れ切った少女は、勇者の背で眠っている。勇者は、顔をしかめた。

「誰だお前は」

 勇者の前に、スーツの男が立ちふさがっている。

「どうもこんばんは。あ、すまねぇ、名刺はないんだ。今名刺交換できないご時世でさ」

 男が一歩、勇者に近づいた。

「初めまして、私は有限会社HOMEの平社員、東谷と申します」

 また一歩近づく。

「スーツを着たサラリーマンを久しぶりに見たでしょう?さて、手短に話しましょう。私は、あなたを連れ戻しに来ました」

「連れ戻しに?」

 また一歩近づく。勇者は一歩下がる。

「我々の仕事は異世界に転生した魂を連れ戻すこと。というわけで帰りましょうか、勇者ユキさん…いや、浜口 幸弘さん」

 男と勇者の距離は縮まらない。

「あなたは一年前、トラックに跳ねられたことでこの次元に転生した。転生したあなたはチートだった。この世界でやりたい放題…さぞ爽快だったでしょうね。いろんな人にちやほやされて優しくされて、ついには魔王を撃破した。もういいでしょ?いい気分だったでしょ?帰りましょうよ、元の世界に」

「……嫌だ。帰りたくない」

 二人の歩みが止まる。


「もうあの世界には戻りたくない!俺を散々こき使って切り捨てた上司、バカだと俺を捨てた彼女、実家に帰ってくるなという両親…。あんな世界に戻ったって、意味がない。誰も必要としない。何もできない。ゴミだ、俺はゴミだった。いろんな人にいらないと捨てられた。もう嫌だ。嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ!」


 勇者は、背負っていた少女を地面に降ろし、持っていた剣を手にする。

「連れ戻すなんて勝手なこと言いやがって!絶対帰らない!」

「困りましたね、俺は転生したわけではないので、この世界においては武器も持たない弱小の農民クラスですらないんですよ、勇者が剣向けちゃダメでしょ?」

 男はため息をつきながら、ポケットに手を入れる。そして、そこから一枚写真を取り出し、勇者に見せた。勇者はハッと目を見開いた。

「親父…お袋…」

「依頼主から拝借した写真だ。依頼主はお前のご両親だよ」

「え…」

「随分後悔してたぜ。お袋さんなんか『もっと頑張れじゃなくて、帰っておいでって言えばよかったって』号泣して、なかなか話が進まなかった。親父さんはずっと黙ってうつむいてた。こぶしを握り締めてな」

「そんなこと言われたって…今更言われたって!」


『今の仕事、あなたの夢だったんでしょ?もうちょっと頑張りなさい』

『俺の言うことに背いて家を出るんだ。二度と戻ってくるな』


 勇者は剣を落とす。

 うずくまって頭を抱える。


「う…うぅ…嫌だ、帰りたくない」

「ふぅん、じゃあ追い打ちまおっかな」

 男はポケットから一枚の紙を取り出した。

「依頼費50万円、調査費1回10万円、異世界調査及び探索費一か月あたり50万円、あ、ちなみに異世界だと時間間隔もずれてる場合は調査員の時間間隔に合わされるから、元の世界で1ヵ月でも3ヵ月分の報酬を払ってもらうこともある。調査は最長1年。その間に当人を連れ戻すことができなかった場合も、依頼主には以上の金額を支払ってもらう。だからええっと…あんたを探して3ヵ月経ってるから…210万円、お前の両親に支払ってもらうことになる」

「は?なんだよそれ!」

 勇者は立ち上がる。

「そんなこと言われたって!知らねぇよ!両親が勝手にやったことだ!俺は知らねぇ!」


「いい加減にしろクソガキ!200万超えてんだぞ!それでもお前の両親はお前が帰ってくると信じて待っているんだ!」

 男はカッと目を見開いて叫んだ。勇者の口がゆがむ。

「俺だってな、お前なんてどうでもいいんだよ!お前がこれ以上帰ることを拒むならもう何も言わねぇ、お前の両親に事の顛末を報告して、無駄金払わせてそれで終わりだ」

 男はフッとため息をついた。


「俺はいらちで面倒くさがりでな、もう何も話してやらねぇし、説得もしてやらねぇ。最後にもう一度聞くぜ?帰るのか、帰らねぇのか」


 勇者の目から涙がこぼれる。嗚咽がもれ、雄たけびを上げ、体を捩る。そうして、ゆっくりと、息を整える。



「帰り…たいです」



 男は、ほくそ笑む。

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