第19話 出会いの思い出

 フローラと初めて会ったのはロパが二十五歳の時だ。

 先代の筆頭剣聖であるマハ・ヴィーラ様から聖剣ガウタマを授かって三日後のことだった。

「俺の愛人に会わせてやる」

 と言って引き合わせてくれた。

「いい女だろ? これほどの上玉はハイエルフでもなかなかいねぇぞ」

 いつになく上機嫌で話すマハ様の言うとおりフローラはこれまで見たどの女性よりも美しかった。

 だが、その時、ロパは女性そのものに興味を失っていた。

 十五歳で家を飛び出して以来、ずっと戦場を駆け抜けて腕を磨き、隠遁して後継を求めていたマハ様にその腕をいだされるまではただ愚直に強さばかりを追い求めていた。

 継承の儀として山にこもってからはさらにその傾向が強くなり、当初の不埒ふらちな動機はすっかり忘れ去られていた。

「愛人ってのはものの例えだよ。聖剣ナイチンゲールは代々精霊の巫女みこに受け継がれているのはおまえも知ってるな?」

「はい、存じております」

「はっきり言って聖剣ナイチンゲールもフローラ自身も戦闘向きとは言えねぇ。だがよぉ、こいつを敵に取られちまうと、ちょいとばかし厄介なことになっちまう。いや、厄介っていうか、もしそんなことになれば完全な負けいくさだろうな。どう足掻あがこうが無駄だよ。魔王は絶対に倒せねぇ」

「つまり、聖剣ナイチンゲールとこちらの女性が、このいくさかなめということですか?」

「そうだ。だから、絶対に死守しろ。それが筆頭剣聖ロパ・カイエスに課せられた最重要任務だと思え」

つつしんでお断りします」

 マハもフローラも完全に予想外の言葉だったのだろう。

 この時、マハはお酒を飲んでいたのだが、その杯がポトリと落ちた。

「おまえ、今までの話を聞いてなかったのか? フローラは戦局を大きく左右する存在なんだぞ?」

「だからこそです。聖剣を私に託したとは言え、マハ様の強さは揺るぎません。もし、彼女がマハ様のおっしゃるとおりの方ならお側に置くことが望ましいでしょう」

「いや、待て待て。詳しく話さなかった俺が悪かった。確かにこいつをこのままここに置いておけば安全なんだが、それだと聖剣ナイチンゲールの力も借りられなくなっちまう。人類側は圧倒的劣勢だ。この不利な戦局を覆す為にその力は必要なんだよ」

「具体的にどういう力ですか?」

「剣界に入ったものを絶対に死なせねぇって力と、どんな傷でも一瞬で治せる絶対治癒の力だ。前者は敵にも有効だから必ず後方に配置する必要があるがな」

「確かに便利な力ですね。でも、必要ありません。使いどころが難しい力ですし、何より奪われた時のデメリットの方が大きいです。というわけで、彼女はここに置いていきます」

 ロパがそう言って腰を浮かせた時、黙って成り行きを見守っていたフローラが口を開いた。

「お待ちください。私の意見も聞かずに一方的に決めるのは失礼ではありませんか?」

「あなたの席次は?」

「第七席です」

「ならば筆頭である自分の命令に従ってください」

「嫌です」

「どうしてですか?」

「退屈だからです」

「それだけですか?」

「いけませんか?」

「いけませんね。でも、理解は出来ます。ここは確かに退屈ですからね。それに……」

「それに?」

「あなたのような美しい女性をここに置いていくのは別の意味で危険だと気付きましたから」

 ロパはマハの方を見る。

「まあ、そういうこったな」

 マハは悪びれる様子もなく、転がっていた杯を拾って酒を飲み始める。

 ロパが血反吐ちへどを吐く思いで修行をしている間、マハは女を取っ替え引っ替えして遊んでいた。修行場である山に戻るのは月に二、三度だったが、いつも違う女を連れてきた。マハは苦み走ったいい男なので普通にモテるし、手も早い。マハの女癖の悪さはその剣の冴えに勝るとも劣らない。そんな彼のもとにフローラを残していくのは確かに危険だった。

「フローラさん、連れて行くと決めた以上、あなたは私がこの命に代えてもお守りします。ですが、あなた自身も身を守るすべを身につけてください。それが連れて行く条件です」

「それは筆頭がご指南くだされるのでしょうか?」

「ええ、私が御教授します。体術を中心に近接格闘術を教えていこうと思います」

「私、こう見えて寝技は得意なんですよ」

「体術のご経験がおありなんですか?」

「体術ではなく房中術ですわ」

「房中術?」

 意味がわからず聞き返した直後、マハが大きな声を出して笑った。

「よせよせ、この堅物にそういう冗談は通じねぇよ」

「マハ様とはまるで正反対ですわね」

「今はこんなんだが、俺の師匠でもあるこいつの爺様から聞いた話じゃ世界一のモテ男になる為に剣術を始めたんだとさ」

 マハが豪快に笑うと、フローラも控え目に続いた。

「マハ様、それはもう昔の話です。私は既に色欲を捨てました。ただひたすらに剣の道に生きるのみです」

「その覚悟が本物かどうか。私がお側で見極めましょう。もし、お考えを改める時が来たらまず私にご相談くださいね。お返しに女性のことを色々と教えて差し上げますから」

「そんな時は永遠に来ませんよ」

 自信たっぷりにロパが言う。

「ハイエルフである私にはたっぷりと時間があります。筆頭がその座を退くまでには振り向かせて見せますわ」

 フローラも自信たっぷりに返した。

 そんな昔の夢をロパは見ていた。

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