第17話 聖剣ナイチンゲール

 フローラが駆けつけた時、中部甲板は血の海になっていた。

 銃弾を受けて倒れている者もいるが、その多くは剣で斬られたような傷を受けていた。

 その傷はかなり深い。

 辛うじて息はあるが瀕死の傷を負い、立ち上がることは不可能だろう。

「一体何が起こったというのでしょうか?」

 原因を知るであろうロパもまた瀕死の重傷を負っている。

 ロパに覆い被さるようにして泣き崩れるエルアーリアの肩を叩く。

「ご苦労様でした。後は私が引き継ぎます」

 声を掛けられたエルアーリアが振り向き、一瞬だけ安堵あんどの表情を浮かべるが、すぐにそれは憤怒ふんぬへと変わり掴み掛かってきた。

「ロパさんは弱酸性スライム以下の力しかないって言ったじゃないですか! なのにどうして戦いをけしかけるようなことをしたんです! どうして!」

「落ち着きなさい。まずはロパ様の状態を見ます。お話はそれから伺いましょう」

 冷静に、しかし、多少の威圧感を込めてフローラが言うと、エルアーリアは大人しくつかんだ腕を放してくれた。

 しゃがみ込んで倒れるロパの状態を見る。

 出血量が多いが魔力によって生み出された魔物にとってそれは致命的ではない。魔物の血は体内の魔力循環にしか使われていないからだ。大量に出血すると魔力が体全体に行き渡らなくなり、その結果として一種の休眠状態に陥る。そのまま放置しておくと魔力が体から完全に失われ消滅してしまう。無論、肉体を著しく欠損すれば消滅までの時間は早まる。このまま放置して良い状態ではないが、魔物には魔力と正反対の性質を持つ法力による治療が逆効果になってしまう。他に方法がないわけではないがひとず保留にして立ち上がる。

「ちょっと待ってください! 何もしないんですか!」

 エルアーリアがまたわめく。

「魔物の心臓に当たる霊核へのダメージはありません。今すぐに死ぬということはないでしょう。まあ、たとえ霊核へのダメージがあったとしても、私がいる限り死ぬことはありませんけどね」

「すごい自信ですね」

 厭味と言うよりは敵意に近いエルアーリアの言葉にフローラはただ苦笑いを浮かべる。

 そして、近くに倒れていた賊の応急手当を順番に行いながら事情を説明する。

「剣の刃もしくはそこから繰り出される闘気オーラの技が届く範囲を剣界と呼びますが、私の聖剣ナイチンゲールは意図せずに剣界を展開する自動型です。その範囲は広く、この船をまるごと飲み込むことが出来ます。効果は特殊で【救命陣】と呼ばれることもあります。私を中心に自動展開されるこの剣界の中では、傷つき倒れたものがいたとしても、死ぬことは決してありません。生命エネルギーである闘気オーラを強制的に送り込むことで、紙一重でこの世に踏みとどまらせることができるからです。攻撃こそ超近接戦闘型の私ですが、治癒に関しては広域展開が可能なのですわ」

「だから、私達をテロリストにけしかけたんですか! 死なないからって痛みはあるんですよ!」

「そうですね。それについては謝罪します」

「私達がやられていたらどうするつもりだったんですか?」

「ロパ様ほどではありませんが、私も剣聖の端くれです。【しゅく】という高速移動の技が使えます。経路の扉は全て解き放っていたので一分ほど時間を稼げれば救援に駆けつけられると踏んでいました。ですが、その一分で賊が全て片付くのは完全に予想外です。一体何が起きたのですか?」

「ほんのわずかな時間、ロパさんが少年の姿に戻って敵を倒したんです」

「なるほど、あれはそういう仕掛けだったんですね」

 触手からロパに魔力を注入した時、器に貯蔵できる魔力の量が尋常じゃない大きさだったことに気付いた。実際の魔力貯蔵量と比べると無駄に容積が大きいのだ。はっきり言って普通の人間が一生かかっても備蓄できるような大きさではない。その隙間を埋める方法はあるが、ロパは魔力適性が絶望的に低い為、たとえ備蓄があっても魔法として放出するすべを持たない。一体何の目的でそんな風になっているのか、意図がわからなかったが、彼を人間に戻す仕掛けが施されていたとしたら納得がいく。

「それにしても見事なものですね。全て紙一重で急所を外しています」

 切断面が綺麗なので処置も簡単だ。創傷の洗浄と止血、縫合を法術で行う。聖剣ナイチンゲールならなぞるだけで終わるが、法術による治療の方が負担は少ない。

 ちなみに、治療と同時に武装解除と拘束も行っている。まあ、治療したと言っても無茶をすれば傷が開くこともある。しばらくは痛みも続くし、戦う力はないだろうが一応念の為の措置だ。

「どうして聖剣を使わないのですか? 聖剣ナイチンゲールはあらゆる傷を癒やすと聞きましたが?」

 四人目の治療を終えたところでエルアーリアが疑問を口にする。

「治癒系の法術を使った方が楽だからですわ」

「楽?」

「あなたは聖剣が誰にでも扱える便利な道具と思っているのかしら?」

「さすがにそんな風には思っていません。ただ、所有者を選ぶわけではないということは知っています。上手く扱えないかもしれませんが、私でも使用することは出来るのではないのでしょうか?」

「そうですね。普通の聖剣であればそうかもしれません」

「聖剣ナイチンゲールは違うのですか?」

 エルアーリアの言葉にフローラはうなずく。

「聖剣ナイチンゲールは自らの命を削り、他人に分け与えるものなのです。それを戦場で使用することは命がけです。並の人間では【救命陣】を発動させるだけで命を吸い尽くされてしまうでしょう。ですから、エルフの中でも桁外れの生命力を宿し、長命であるハイエルフに受け継がれてきたのです。しかし、いかなハイエルフといえど聖剣に込められた全ての力を解き放つ奥義を用いるとなれば話は別ですわ。ナイチンゲールの奥義は並のハイエルフでさえ死に至らしめる危険性があります。そこで歴代の所有者は全て精霊の巫女が選ばれました。精霊達に愛され、その祝福を受ける巫女は一際ひときわ強い命の輝きを宿していますからね。少なくとも奥義発動で死ぬことはありません。まあ、寿命は確実に縮むと思いますけれど」

 五人目の治療を終えて立ち上がったエルアーリアはナイフポーチから聖剣ナイチンゲールを取り出す。

「ロパ様を含め残り六人の命の重み、感じてみますか?」

 エルアーリアは受け取ろうとしなかった。

 それを受け取ることの意味を聡明な守護天使は理解してくれたようだ。

「賢い選択です」

 フローラは聖剣ナイチンゲールをナイフポーチに戻し、次の負傷者のもとに向かう。

「私も手伝います」

 エルアーリアも加わり、賊の処置はあっという間に終わる。

 残るはロパ一人。

 ローパーの皮を被った何かの治療なので慎重にならざるを得ない。

 じっくり治療する為、賊を船員に引き渡し、部屋のベッドまで運んでもらうことにした。

「さて、ここからが本番です」

 フローラは担架に乗せられ運ばれるロパを見ながら気を引き締めた。

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