第16話 天使の嗚咽
ロパは本物の魔物ではない。
あれはエルアーリアの兄が作り出した偽物の魔物だ。
それは魂の器としてはあまりに脆弱すぎるものだった。
はっきり言って失敗作だ。
でも、それに頼る以外に方法がなかった。
神にも届かんとする大きさの魂を収めるには、憎んでも憎みきれない兄の力を借りなくてはならなかった。
神に最も近いと言われながら、その座を捨てた兄の残したそれは、まるでロパの為に用意されていたかのようだった。
理論上は可能。
しかし、実際に収められた魂が定着するまでに十年という月日が流れた。
その間、エルアーリアはずっと待ち続けた。
自らが支え、育み、導いた英雄の再来をずっと。
彼が守り抜いたこの世界の輝きをその目で見てもらうというささやかな望みを叶える為に彼女は天界の禁忌に触れた。
神の怒りに触れた彼女はもう天使ではない。
ただの人でしかない。
それを打ち明ける機会はあっただろう。
でも、彼に変な負い目を感じて欲しくなかった。
ただ純粋にこの世界を楽しんで欲しかった。
それだけだった。
なのに、彼はそれを知っていたかのような最期を遂げた。
四方から撃たれながら、それでも前に進もうとして倒れるその姿を見て涙があふれた。
でも、声を出して泣くことはできない。
彼の死を無駄にしない為に、エルアーリアは声を殺して涙した。
ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……。
心の中で何度も謝る。
何もしてあげられず、ただ守られるだけだった自分の非力を彼女は恨む。
いや、地上に返そうとしなければこんなことにはならなかったのだ。
嫌がる彼を無理にでも天界に連れて行ったならば。
強い後悔と無念に苛まれ、彼女の涙が止まる気配は全くなかった。
俺は死んだのか。
気がつくと、ロパは夜の砂浜にいた。
空には満天の星。
目の前に広がる海の波がその輝きに照らされている。
「君はまだ死んでないよ」
声の方を見ると隣に眼鏡を掛けた優男が座っていた。
そいつはかなりのイケメンだったが
金髪碧眼で細面の顔は、何処かエルアーリアに似ていた。
「ここは何処だ?」
「ここは君にメッセージを伝える為に作り出した幻の世界さ。まあ、思い出という曲を奏でるオルゴールみたいなものかな」
「意味がわからん」
「まあ、そうだろうね。でも、それを説明している時間はないんだ」
「どうして?」
「君に注がれた魔力が少ないからさ。慈悲のフローラがこの仕掛けに気付いたとは思えないんだけどね。きっと偶然だとは思うんだけど君に魔力を注入してくれたから今君は僕と話せているんだ。ただね。量が少しばかり足りなかったんだよ。この世界はもうじき消える。いや、本当はもう少し長くできるんだけどね。それだと君は死んでしまうからね」
そこでロパは気付いた。
自分に人間の手足があることに。
顔を手で触ると、そこには人の顔の感触があった。
髭も生えていない。
鏡はないが肌の感触からかなり若い時のものだと思う。
「これは……」
「気付くのが遅いよ。今の君は十七歳の肉体を取り戻している。もっと魔力があれば全盛期の君に戻せたんだけど、今の魔力量だとそれが限界だろうね」
そういえば身につけている装備も十七歳の時のものだった。
まだ無謀と勇気をはき違えていた頃に身につけていた革鎧とショートソード。
それはロパが旅立つ時に祖父が餞別としてくれたものだった。
「今は幻だけどさ。この世界が閉じた瞬間、君はその体に戻ることができる。その疑似肉体も魔力で作られたものだけれど、
「どれくらいの時間、この体でいられるんだ」
「この隠し領域に貯蓄されていた魔力を使っても十五秒あるかないかってとこだね」
「十分だ。今すぐ俺をあの場所に戻せ」
「せっかちだなぁ。でも、それだけ妹のことが心配ってことかな」
「妹?」
「あ、いや、こっちの話さ。じゃあ、この世界を閉じるよ。妹を頼んだよ、ロパ君……」
空の星が一斉に海へと落ちたかのように目映い光に包まれる。
グニャリと景色が歪み、プツリと消え、何も見えなくなったかと思ったらすぐに目の前が明るくなった。
そして、目の前に倒れ込んだはずの飛空船の甲板が広がるのが見えた。
状況を把握するにはそれだけで十分だった。
周囲の気配を一瞬で感じ取ったロパは、起き上がると同時に近くにいた二人を斬る。
抜き放った切っ先が流れるように黒ずくめの男達の体を一瞬で切り裂いた。
驚きのあまり、残り六人の動きが止まった。
一拍より短い
今度はそれで十分だった。
まるで瞬間移動したかのように一瞬で間合いが詰められ、まず一人が斬られた。
慌てて残り五人が銃を向けようとするが照準が合うことはない。
気付いた時にはさらに二人が斬られ、残りは三人。
何か技を繰り出すまでもない。
ただ剣を振るうだけ。
それだけで十分だ。
それだけで全てが終わる。
残り二秒。
剣についた血を払った瞬間、残っていた三人が同時に倒れる。
ついでにロパも倒れる。
どうやらローパーの姿に戻った瞬間、傷が癒えるという仕組みではないようだ。
むしろ動いたことであちこちから血が噴き出している。
「ま、いっか……」
守る者としての役割は果たした。
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