第15話 英雄の残影
ロパとエルアーリアを見送ったフローラは魔力探信儀に代わる船の目として
「本当にこれで良かったのでしょうか?」
既に精霊魔法で広域探知を始めていたフローラの横でハルベルトさんがポツリとつぶやく。
不安げなその表情を見てフローラは小さく笑った。
「不安ですか?」
「はい。正直申し上げてすごく不安です。フローラ様は心配ではないのですか?」
質問を返されたフローラは迷うことなくうなずいてみせる。
「天下十二剣聖は
「ロパ様の偉大さは私も存じております。確かに、あの方の強さは尋常ならざるものがありました。亡くなられたとうかがった時には我が耳を疑いましたよ」
「そのロパ様がもしここに両手両足を縛られた状態でいたとしてテロリストに敗北すると思いますか?」
「ロパ様のお力はその程度でどうにかなるものとは思えません。並の武芸者であればその剣界に立ち入ることさえ叶わず、その
「私もそう思います。だから、きっと大丈夫ですわ」
フローラは嬉しげに微笑むが、事情を知らないハルベルトさんは首をかしげるばかりだ。
何か不安を取り除く言葉はないか。
考え込むフローラだったが、それを見つける前に敵の方を見つけてしまった。
「本船左後方、雲中に目標を確認しました。位置情報を随時お知らせしますので賊が中部甲板に降下できるよう操船をお願いします」
フローラの声に
英雄の残影。
それがただの幻ではないことを祈りつつ、フローラは索敵に意識を集中した。
初陣は誰でも緊張する。
人を殺すことをなんとも思わない腐れ外道でも初めは
数え切れないほどの魔物や悪魔と、その支配に加担しようとした人間達を斬り捨ててきたロパにもそんな時代はあった。
だから、顔面蒼白の緊張状態にあるエルアーリアの気持ちはわかる。
開けた中部甲板の真ん中にある巨大なプールに水を注ぐ瓶を持った女神像とその周りに植えられた観葉植物。
その陰に隠れたロパとエルアーリアは上空を眺めながら賊の襲来を待っていた。
エルアーリアに一声かけるべきか。
判断に悩んでいる間に船が大きく舵を切った。
「来るぞ!」
予兆を感じたロパの一言でエルアーリアがはっとなる。
「ロパさん……私…怖いです……」
エルアーリアの声は今にも泣き出しそうだった。
拳銃を持つ手も震えが止まらない。
訓練を受けた新兵だって緊張のあまり吐くやつがいる。
天使と言っても今はただの女の子。
そうなるのは当たり前だった。
「それはおまえが正常な証拠だ。勇気は恐怖より生まれる。その恐れは勇気の第一歩だと思え」
ロパは落ち着かせるように優しく言って、震えるエルアーリアの手に触手を重ねる。
「ロパさん……怖いんです……。怖くて…怖くて……どうしようもないんです……」
「大丈夫だ。俺がついている限りおまえは死なない」
「でも…私は……」
「おまえはただ引き金を引くだけでいい。修正は俺がしてやる。合図したら引き金を引く。それだけなら出来るよな?」
「はい……」
エルアーリアの頭を触手で撫でてやる。
両手を支えつつ頭を撫でられるのは触手が八本もあるお陰だ。
「よし、着地した瞬間を狙うぞ! 合図したら引き金を引け!」
「わかりました」
声に幾分覇気が戻ったのを感じたところで、船がまた大きく揺れ、頭上に黒い三角錐型の船が現れる。
皆、黒い防護服に身を包み、目出し帽をかぶっている。
手にしているのは
降下にはロープを使う
こいつは落下時間を短縮して無防備になる時間を減らす効果があるが、着地時に衝撃を相殺するので精一杯になり、一瞬だけ完全無防備状態に陥るという欠点がある。
ロパはその瞬間を見逃さなかった。
「撃て!」
既に着地体制に入っていた一人目に照準はつけてある。
落下自体は重力による自由落下なので着地点の見当はつけやすい。
予測した位置に向けられていた銃口から放たれた弾丸は地に足を着けたばかりの一人目の膝を撃ち抜いた。
「次!」
エルアリーアの腕を動かし、二人目に銃口を向けさせる。
「撃て!」
着地の瞬間に間に合ったがエルアーリアの震えがその照準をわずかに狂わせた。
爪先の前に着弾。
二人目は無傷だ。
「撃て! 撃て!」
敵が銃口をこちらに向ける前に追い打ちで二発。
運良く、腹と肩に命中。
残り八人は既に着地してしまっている。
これが限界だと悟ったロパはエルアーリアから拳銃を奪い、エルアーリアの襟をつかんで後方に引き倒す。
と同時にわざとその姿をさらすように物陰から飛び出した。
「こっちだ!」
叫びながら敵の注意を引きつける。
残念ながら触手で射撃はできないが、先程の射撃をロパが行ったと思わせる為に照準を合わせる。
銃口から銃弾が放たれることはない。
それでも、ロパに拳銃を向けられた敵は一瞬ひるんだ。
小銃を構えるまでの一拍の間。
パンと手を打ったら消えてしまう儚い時間。
かつての英雄であれば十分すぎるほどの時間だが、あいにくと今のロパは弱酸性スライム以下のローパーでしかない。
我を取り戻した敵が銃口を向ける前に間合いを詰めることなんて出来はしない。
それでもロパは歩みを止めない。
ただひたすらに前へと進む。
放たれた銃弾が触手の腕を千切り、その体を削っても、ただ前へ。
『誰かを守るのは力ではない。守ろうとする意志が力となるだけだ』
師でもある祖父の教えはこの魂に刻まれたものだ。
たとえ何に生まれ変わろうとも消えはしない。
英雄の残影。
そこにロパがいたのだという証を示した次の瞬間、彼の動きが止まる。
容赦なく浴びせられる銃弾。
それでもロパは最後まで抗い続け、前のめりに倒れた。
それが最後の意地だとばかりに後ろには決して倒れなかった。
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