第13話 忍び寄る魔の手(意味深)

 雲海を見下ろすように空を行く霜の巨人ヨートゥン号。

 さながら動く城のごときその巨体を動かす頭脳が、船の司令塔である船橋ブリッジである。

 船橋ブリッジには船内アナウンスや各部との連絡に用いられる近距離伝声水晶、地上や他船との連絡に用いられる長距離伝声水晶といった通信機器の他に、機関室に速力指示を伝える速力通信機テレグラフや、船舵ラダーを動かす操縦桿そうじゅうかんがある。

 海を行く普通の船の場合、船舵ラダー舵輪ステアリングと呼ばれる丸いハンドル型の操縦装置で操作するのだが、飛空船は横方向の動きだけでなく、縦方向の動きを制御する必要があり、操縦桿そうじゅうかんが使用されている。操舵席にあるこの操縦桿そうじゅうかんが、縦方向の動きを制御する横舵おうだや横方向の動きを制御する縦蛇じゅうだに動きを伝え、船の進行方向を変えているのだ。

 その操舵席のやや後ろにあるカーテンで仕切られた地図台のある場所にロパ達三人は控えていた。

 近くには一等航海士チョッサーのハルベルトさんがいる。ハルベルトさんは眼鏡を掛けたスマートな紳士で、事情を聞いた船長キャプテンの命令を受けてロパ達についてくれている。頼み事は全て彼を通して対応してくれるとのことだった。

「乗員名簿の中にフローラ様のお名前があったので、何かあるのではないかと思っていたのですが、まさか本船がテロリストの標的になるとは思いませんでした」

 ハルベルトさんは苦笑いを浮かべる。

 彼も船長キャプテンも十年前は人類同盟軍の一員だったそうだ。

 その経験が活かされ、今回の件でも冷静で素早い対応をしてくれている。

 間違ってもこの船が賊の手に落ちることはないだろうが、それでも判断を誤れば乗員乗客に多数の死傷者を出す大惨事になりかねない。乗客の命を預かる乗員が冷静でいてくれることはそれを未然に防ぐ為の重要な第一歩だった。

「ご無理なお願いを申し上げたにもかかわらずご対応いただきましてありがとうございます」

 フローラが代表して礼をべる。

 ロパが出会った頃はこういう一言も出なければ愛想笑いを浮かべることもなかったのだから変われば変わるものである。

「お礼を言うのはこちらの方です。フローラ様がいなければどうなっていたことか。考えるだけで身震いしますよ」

「これだけ冷静に対応されておられるんです。きっと私達が来なくても何とかなっていたかもしれませんわ」

「身に余るお言葉を賜り、船乗りとして冥利に尽きます。ところで、ずっと気になっていたのですが、こちらはどのような方なのでしょうか?」

 ハルベルトさんが怪訝けげんそうに見つめるのはエルアーリアではなくロパである。

「弟子のエルアーリアと、ペットのローちゃんです」

 フローラの紹介に続いてエルアーリアとロパが事前の打ち合わせどおりに挨拶する。

「剣聖見習いのエルアーリアです。よろしくお願いします」

「ボクはローパーのローちゃん、よろしくなのだ♪」

 エルアーリアは剣聖見習いということでどうにかなかったが、ロパは結局どうにもならず、フローラが考えることを途中から諦めた為、エルアーリアの提案で最終的にこうなってしまった。

「エルアーリアさん、ローちゃんさんですね。一等航海士チョッサーのハルベルトです。よろしくおねがいします」

 ハルベルトさんは思った以上に人間の出来た人のようで、エルアーリアだけでなくロパにもちゃんと握手を求めてきた。

「ハルベルトさん、まもなく襲撃時刻になるのですが怪しい船影とかはありましたか?」

 フローラが腕時計で時刻を確認しながらハルベルトさんに質問する。

「今のところ魔力探信儀に映る目標は一つもありません。一応、見張りは増やしているんですがそれらしきものは今のところ何も……」

 と、その時、地図台の伝声水晶が激しく明滅した。

『後部甲板見張りです。雲の中に怪しい船影を確認しました。そちらの魔力探信儀で確認していただけますか?』

 魔力探信儀は魔力反応を探知する機械だ。目標までの距離や方向を正確に測定することが出来る。ただ、比較的大きな魔力を発する目標しか探知できない。大量の魔石を使う大型魔動機関であれば別だが、魔動車や人間程度の魔力量では探知目標としてひっかからない。魔力探信儀に映し出せるのは大型の魔動船や飛空船だけである。

「こちらでも確認する。引き続き、船影の監視を続けてくれ」

『了解です』

 伝声水晶の明滅が終わる。

 出番を感じたフローラが進み出る。

「私達の出番ですか?」

 フローラの言葉にハルベルトさんは険しい面持ちでうなずいた。

「魔力探信儀で確認した後、長距離伝声水晶の広域チャンネルで呼びかけを行います。呼びかけに応じなければ間違いないでしょう。目標を確認しますので今しばらくお待ちください」

 ハルベルトさんはそう言うとカーテンをくぐって船橋ブリッジの前側へと消えていった。

「間違いないだろうな」

 普通の声と口調でロパが言った。

「そこは、間違いないのだ、ですよ」

 エルアーリアが茶々を入れる。

「粘液ぶっかけるぞ」

「こらえ性のない触手ですね。切り落としますよ?」

 睨み合い、険悪なムードになりかけた二人を見てフローラが手を叩く。

「はいはい、お仕事中ですので程々にお願いしますね。でないと、後できついお仕置きが待ってますよ」

「ちなみにお仕置きって何ですか……?」

 エルアーリアが恐る恐る訊くと、フローラは冷笑を浮かべながらエルアーリアに近づき、耳元でボソッと囁いた。

「今度は指ではなく拳を入れますよ」

 エルアーリアの顔から一瞬で血の気が引いていく。

 ガクガクと震えるエルアーリアの横でちゃっかり逃げようとするロパの触手をフローラの手がつかむ。

 触手を引っ張られ、グイッと引き寄せられたロパの体をフローラはぎゅっと抱きしめる。

「ローちゃんはお仕置きに関係なく、後でたっぷりかわいがってさしあげますからね♪」

 フローラの指が第九の触手が出てくる下腹部をなぞる。

 ロパは近くにいたエルアーリアに目で助けを求めるが、守護天使は無理とばかりに首を横にブルブルと振って見せた。

「さあ、さっさとお仕事をすませて楽しみましょうね♪」

 戦闘が始まっていないというのに、フローラの目は既に獲物を狩る獣のそれになっていた。

「ローちゃんはまだ大人になりたくないのだ……」

 小声で言ったロパの言葉を無視し、フローラは下腹部を優しく撫で回す。

 早くテロリストが来て欲しいと敵に助けを求めるロパであった。

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