第11話 急転直下の戦闘準備

 シャワーを浴びてからルームサービスの朝食を食べ終えるまでずっとバスローブ姿だったフローラが大きなトランクを開けて着替えをベッドの上に並べる。戦闘服、髪留め、小型拳銃、レッグホルスターと次々に取り出される装備を見て、昨日感じた違和感の正体にようやく気付く。

「戦闘靴まで持ってきているってことはアイーシャが何か予知していたのか?」

「もののついでだからと教えられました。この船はまもなく賊の襲撃を受けます」

「そんなことだろうと思ったよ。準備が良すぎて何かあるとは思ってたんだ。それで襲ってくるのは何処どこ何奴どいつなんだ?」

「チェルネチェ公国軍を名乗る武装集団ですわ。チェルネチェ公国軍は革命によって没落した貴族の子息を中心に現政権に不満を持つ人々が集まり、旧チェルネチェ領内で蜂起しました。現在はアイスロカヤフ連邦からの分離独立を訴え、各地で過激なテロ活動を行っています」

「襲撃者の規模や方法は?」

「部隊規模は十人程度。いずれも小銃で武装する元軍人ですわ。賊は高速飛空艇で雲海から現れるそうですが詳細は不明です」

「襲撃者の数が少ないな。精鋭を送ってくるつもりだろうな」

「襲撃の小目的は船橋ブリッジの制圧ですわ」

「大目的は?」

「連邦最高評議会議事堂に飛空船を落とすことですわ」

「市街地にこんなものを落としたら大惨事になるな」

「介入しなければ政府要人にも被害が及ぶとアイーシャは予知しています」

「あいつの見た悪夢を正夢まさゆめにするかどうかは俺たち次第ってことか」

 話している間にフローラの着替えが終わる。

 あとは戦闘靴の靴紐を結ぶだけだ。

「何が始まるんですか?」

 昨日のことは忘れることにしたエルアーリアが不安げにロパ達を見つめる。

「大丈夫だ。おまえはここでプリンでも食っておけ」

 食って忘れることにしたらしく、ソファーに座るエルアーリアの前にはプリンの乗った皿がある。

「ロパ様も結構ですわよ。十人程度なら私だけで十分ですので」

「いや、俺も行こう。足手まといにはならないつもりだ」

「足手まといだなんてとんでもない。いていただくだけで心強いですわ」

 完全装備のフローラは最後に鍵のかかった小さな箱から一本の円刃刀ランセットを取り出す。メスと呼ばれることもあるそれは解剖や外科手術に使われる小さなナイフだ。その刀身は虹色に輝き、本来なら軽く触れるだけで切れる鋭い刃はあらゆるものをすり抜け、傷つけることがない。それが切り裂くのは、やまいと傷と痛み、そして、邪悪なる魂だけと言われている。それがフローラが所有する聖剣ナイチンゲールである。

「おまえの聖剣は強力だが、対人戦闘には不向きで超近接戦闘に特化されている。本来の用途からすれば完全に後方支援向きの装備だ。にもかかわらず最前線で活躍できていたのは精霊魔法と体術によるところが大きい。どちらも強力なおまえの武器ではあるが、上位精霊の使役中はその制御で完全無防備になるし、体術も多対一の乱戦となると不利が生じる。今さらかもしれないが剣聖とおごることなくしっかりと気を引き締めて事に当たれよ」

「はい、心得ております」

 フローラはうなずいて聖剣ナイチンゲールをももに取り付けられた専用のナイフポーチに納める。

「ちょっとまっへくだひゃい。わはしもいひまふ」

 エルアーリアが急いでプリンをかきこむ。

「だったら、フローラみたいに髪をまとめろ。長い髪はつかまれる可能性がある。あと、スカートもだめだ。上はTシャツ、下はズボンに履き替えておけ」

「はい!」

 エルアーリアが皿を置いて立ち上がる。

 エルアーリアは普通のワンピースを着ていたので、慌ててトランクに駆け寄り、着替えを始める。

「フローラ、脚絆レギンスがあったら貸してやってくれ。あと、予備のサイドアームも頼む。闘気オーラが使える相手だと牽制くらいにしか使えないが、扱いやすい拳銃を一挺持たせてやってくれ」

「彼女に戦闘経験があるとは思えません。確実に足手まといになりますわ」

「俺もここに置いていくつもりだったが気が変わった。この先のことを考えればここで慣らしておいた方がいい。今度の事件ヤマはもっとヤバいんだろ? こんな前菜にもならない相手で足手まといになっていたら早晩命を落とすことになる。戦闘を見せるだけでも少しは違うはずだ」

「筆頭剣聖の座を空席にされたマーシュ様のお気持ちが今わかりました。ロパ様は我らにとって余人をもって代えがたい、唯一無二の存在でいらっしゃいます。そのお姿には驚きましたが、再び巡り合わせていただきましたこと、神に感謝せずにはいられませんわ」

 感銘を受けたかのような大袈裟おおげさな反応を見せるフローラだが、ロパは当然のことを自然と口に出したに過ぎない。

「俺は当たり前のことを言っただけなんだがな」

「十二剣聖は個性的な方々の集まりです。個々の実力は申し分ないのですが、個性的に過ぎるが為、他を率いる統率力に欠くところがあります。他の者に目を配り、的確に助言や指示が出せるのはたぐまれな統率力と人格を有するロパ様をおいて他にありませんわ」

「要するに口うるさいだけだけってことだろ。そんなことはいいからエルアーリアの面倒を見てやってくれ」

「畏まりました」

 フローラは嬉しそうに微笑みながらエルアーリア用の装備を見繕う為にトランクをあさる。

「さて、どうなることやら……」

 感覚的には二日前に魔王と戦ったロパであるが、実際には十年ぶり、そして、この体になってからは初となる。

 緊張はあるものの恐怖は全くない。

 弱酸性スライム以下の能力で果たして何が出来るのか。

 初陣を飾ったあの時と同じ高揚感に包まれながらロパは二人の準備を見守っていた。

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