第8話 新たなる冒険の予感

 注文していたものが全て揃う頃にはエルアーリアも泣き止んでいた。

 エルアーリアをなだめたのは主にロパで、泣かした張本人であるフローラは最初に嘘だと言ったきりケーキを食べながら様子を見ていた。

「ロパ様もずいぶんとお優しくなられましたわね。昔、私が泣いていた時はおまえが悪いの一点張りでしたのに」

 それはおまえが本当にわるかったからだとロパは心の中で強く主張した。

「生まれ変わって毒気が抜けたのかもしれないな」

「そうでしょうか。常々思っておりましたが、ロパ様は私にだけ冷たいような気がしますわ」

「そんなことはないだろ」

「あら、御自覚なさってませんのね。北方征伐のおり、雪山にて同衾どうきんしながら何もなさらなかったことを忘れたとは言わせませんわ」

「あれはおまえが勝手に忍び込んで寝てただけだろ? 寒いから一緒に寝てくれってさ」

「暖め合いましょうとはっきり申し上げましたが?」

「だから、しっかりと朝まで抱きしめてやったじゃないか」

たしかに逞しい腕の中にあったことはこの上ない喜びではございましたが、私はもっと……」

「もっと、何だ?」

「もういいですわ。いけずなところは全く変わっていませんのね……」

 フローラは拗ねたように言ってティーカップを口に運ぶ。

 その所作はとても上品でさまになっている。

「ところでここに来た目的は何だ? ここが精霊の森に一番近い都市とはいえ、偶然にしてはあまりにも出来すぎている。アイーシャに俺の復活を予言されたのか?」

 第三席のアイーシャは未来予知の能力を持っている。

 意識的に先読みできる時間は極わずかだが、無意識に発揮する場合は数年先の出来事を予知することもある。

 そのアイーシャが復活を予知してフローラをここに導いたとロパは考えたのだ。

「ロパ様のおっしゃるとおりですわ。昨日、アイーシャから連絡を受け、ここに参りました。女性用肌着売り場の前という言葉には少々耳を疑いましたが……」

「それはさっき説明したとおりだ。俺はともかくこいつには服が必要だからな。それを買いに来ただけだよ」

 エルアーリアはサポート役として地上に来てもらったことにしてある。ローパーの体になれるまで地上での生活をサポートする為に一緒に行動してもらっているという設定だ。

「ねぇ、天使さん、よろしければその御役目は私が引き継ぎましょうか?」

 恐る恐るチョコレートパフェを食べていたエルアーリアの手が止まる。

 また泣き出しそうな顔をするのでロパが慌ててフォローに入る。

「こいつはこう見えておまえより長い付き合いなんだよ。直接会うのは昨日が初めてだったが、啓示を通してずっと一緒に戦ってきた大切な相棒なんだ。上手うまくやっていけそうだからあまり心配するな」

 そう言ってロパは隣に座るエルアーリアの頭を触手で撫でてやる。

「ロパさん……」

 ちょっと嬉しそうなエルアーリアを見てフローラは何故なぜか不機嫌そうな顔をする。

「どうした?」

「なんでもありませんわ」

「そうか」

「本当にいけずな方……」

「何か言ったか?」

「いいえ、何も……」

「なんか引っかかる言い方だな」

「そうでしょうか?」

「言いたいことがあるならはっきり言ったらどうだ。おまえらしくないぞ」

「でしたら、正直に申し上げます。北のアイスロカヤフ連邦に不穏な動きが見られますので私と御同道願えませんか?」

 フローラは突然真面目な顔でそう切り出した。

 アイスロカヤフは北の大国だ。

 昔は氷と雪の大帝国と呼ばれていたが、魔王軍の侵攻をきっかけに帝政が倒れ、今は革命を指揮した賢者達が中心となって国家を運営している。

「アイスロカヤフ? 魔王軍の侵攻を受けて革命が起きたあの国か? 今は賢者政治主義を掲げる独裁国家になっているんだろ?」

「ええ、そのアイスロカヤフで都市が一つ消滅したと話題になっています。連邦最高評議会は否定しているようですが、一週間前に都市との通信連絡が途絶え、状況把握の為に派遣された偵察部隊も帰還しなかったとのことです。連邦軍の大規模魔法実験の犠牲になったのではないかと邪推する声もありますが、連邦軍の慌ただしい動きを見る限り、その可能性は低いと思われますわ」

「それでおまえが動く理由は何だ?」

「雪の精霊女王であるスネグーラチカから救援要請がございました。北半球の精霊の守護は私の管轄になりますので動かないわけにはまいりません」

「それに俺を巻き込む理由は何だ?」

「一人旅は寂しいからです。マーシュ様に御同道をお願いしたのですがすげなく断られました。そこでアイーシャに相談したらロパ様のことを教えられたというわけですわ」

「つまり、俺は……」

「マスコットですわ」

 戦力として期待されていないのはロパもわかっていた。

 だが、あらためて現実を突きつけられるとショックを感じる自分がいた。

 剣聖どころか人ですらない今の自分にできるのはその程度でしかないのだろう。

「ロパさん、やめておいた方が良いですよ……。この人、澄ました顔してエロいこと考えてます……」

 エルアーリアがロパに耳打ちする。

「天使さん、聞こえてますわよ」

 フローラは優しくたしなめるように言っただけだが、エルアーリアを震え上がらせるには十分すぎた。

「あまりいじめるなよ。こいつと仲良くするつもりがないのならついて行かないぞ」

「御同道願えるのですか?」

「マスコット程度でいいのならな」

「ロパ様のお手をわずらわせるような真似まねはいたしませんわ」

「手を出したくても出せないがな」

「ご謙遜を。今のお姿でも勝てる気が全くいたしませんわ」

「おまえにお世辞を言われると、どうにも据わりが悪いな」

「お世辞ではありませんのに」

「そういうことにしておくよ」

 今のロパにできることは少ない。

 だからと言って守り手としての矜持きょうじを捨てるつもりもない。

 何が起きているのかを確かめ、必要なら他の剣聖に檄を飛ばすことくらいはできるだろう。

「というわけで、天使さんもよろしくお願いしますね」

「こ、こちらこそ、よろしく…です……」

 すっかり怯えるエルアーリアに選択肢はなかったようだ。

 その笑顔が微妙にひきつっているのをロパは見逃さなかった。

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