第7話 激突! 天使対剣聖!!!

 フローラの登場によって買い物は一時中断を余儀なくされ、話し合いの為に喫茶店へと場所を移すことになった。

「私に話があるそうですが、どのようなご用件ですか?」

 注文を取り終わったところでエルアーリアが切り出す。

「私はフローラ・フェニクスと申します。天下十二剣聖の一人として第七席を預かっています」

「存じております」

「恐れ入りますが、そちら様のお名前をうかがってもよろしいでしょうか?」

「筆頭剣聖ロパ・カイエスの守護天使エルアーリアです」

「ご丁寧にありがとうございます」

 ただ挨拶しているだけなのに互いに牽制しているような威圧感がある。

 エルアーリアの隣に座るロパは逃げ出したい気持ちを必死に抑えていた。

「忙しいので用件は手短にお願いします」

「でしたら、単刀直入に申し上げます。今すぐロパ様を元の姿に戻してください」

「それはできません」

「どうしてですか? あなたがロパ様をこのような醜い姿に変えたのでしょう?」

「はい、その姿に変えたのは確かに私です。でも、それは彼が望んだ結果です。私は彼の望むとおりに地上に転生させました。文句があるのならまず彼に言ってください」

「全く笑えない諧謔かいぎゃくですこと。私、人様から〝慈悲のフローラ〟と呼ばれておりますが、下級天使のごとに耳を貸すほど慈悲深くはございませんわ」

 フローラが微笑む。

 だが、その目はぞっとするほど冷たい怒りが込められていた。

「仮にも神の使いであるこの私に対し、不遜かつ不用意な発言は控えてくださいね」

 エルアーリアも微笑む。

 こちらも目は笑っていない。

「私の聖剣ナイチンゲールは癒やしの力を宿しておりますがそれは肉体に対してのみ。霊的存在に対しては絶大な破壊効果を発揮します。一度ひとたび鞘走さやばしれば我に斬れぬ御霊みたま無し。父なる神の使つかいでさえその例外ではありませんわ」

 自信に満ちたその言葉に気圧けおされ、さすがのフローラもたじろいだ。

「……ロパさん、仮にも天使であるこの私を前にしてこの不遜な態度。どう思いますか?」

 と、エルアーリアがロパに意見を求める。

 ロパは二人を見比べ、しばし熟考した後、正直に答えた。

「とりあえず謝った方がいいと思う。フローラの実力は本物だ。伯爵級の悪魔なら一撃で粉砕する実力を持っている」

「伯爵級の悪魔って、天使で言ったら能天使ってことですよね」

「ああ。それをワンパンで倒せる」

「私、その能天使なんですけど……」

「じゃあ、謝れ。とにかく謝れ」

「そ、そうですね。ここはひとまず謝っておきます。ごめんなさい」

 エルアーリアもようやくフローラのヤバさを何となく察してくれたようだ。

 心の底からではないだろうが謝罪の意を示してくれた。

 しかし、これで引き下がるフローラではない。

「謝っていただかなくても結構ですよ。先程も申しましたとおり、今すぐロパ様を元の姿に戻していただきたいだけですから」

「それはちょっと無理なんです……」

「どうしてですか?」

「そもそも元の姿で生き返らせるというのが規則に反するので……」

「だから、こんな姿にしたと、そう、おっしゃるのですか?」

「ええ、まあ、そうなりますね……」

 エルアーリアは助けを求めるような視線をロパに送ってくる。

 涙目になっていたので、さすがのロパも気の毒に思えてきた。

「なあ、フローラ、こいつをあまり責めないでやってくれ」

「ロパ様はお優しいですわね。こんな慈悲に値しない者をかばわれるなんて」

「かばっているわけじゃない。本当に俺が望んでこの姿にしてもらったんだ。俺は色々な罪を犯してきた。たとえそれが世界を救う為だったとしてもその罰は受けなければならない」

「だから、醜い姿になったと?」

「まあ、そんなところだな」

 うまくごまかそうとするロパの隣でエルアーリアが何度もうなずく。

 もはや茶々を入れる余裕すらなくなっている。

 命がかかっているだけにエルアーリアも必死だ。

「も、もちろん、私もおとめしましたよ! でも、ロパさんの意志は固く、私は断腸の思いでこの姿に……」

 ハンカチで涙を拭うエルアーリアだが、もちろん、その涙は恐怖から来る涙でしかない。

「事情は理解いたしましたわ。とりあえず、この天使は後ほどほふることにいたしましょう」

 死刑宣告を受けたエルアーリアの顔面が蒼白になり、体が小刻みに震え始める。

 ちなみに、フローラは体術も得意だ。

 聖剣に物理攻撃力が無いからと言って彼女に喧嘩けんかを売るのは自殺行為に等しい。

「それで、ロパ様はずっとそのお姿なのですか?」

「まあな」

「筆頭剣聖の座はどうなさるおつもりですか?」

「次席のマーシュが継いでるんじゃないのか?」

「マーシュ様が固辞された為、いまだ筆頭の座は空席となっておりますわ」

「あいつも変に気を遣うところがあるからな。そういえば他の連中は元気なのか?」

「定期的に交流があるのは同じエルフのアイーシャと、精霊の森で鍛錬されているマーシュ様だけです。あと風の噂でシマンのことを耳にします」

 シマンことシマン・アサンニーアはロパがとった唯一の弟子だ。

 元は凶悪な殺人鬼だったが、ロパが改心させ、人類同盟軍の戦列に加わることになった。以後、ロパと共に各地を転戦し、剣の腕を磨いていたのだが、戦争中に十二剣聖の一人が落命したことで、急遽きゅうきょその後継に指名された。シマンがまだ十四歳の時だ。それから十二年が経っているので生きていれば二十六になっているはずである。

「シマンはどうしているんだ?」

贖罪しょくざいの旅と称して諸国を漫遊しているようです。しいげられた者の為にその剣を振るっていると言っておりました」

「俺が与えた〝贖罪のシマン〟という名に恥じない働きをしているようだな」

「まだまだ未熟者ですわ。誰かが導いてやらねば危うい面もあります」

「俺に期待するのはよせ。天下十二剣聖筆頭は十年前に死んだんだ。今ここにいるのはただの幻に過ぎない」

「ロパ様は幻ではありませんわ」

「幻だよ。今の俺は弱酸性スライム以下の力しかないからな」

「悪い冗談ですわ」

「本当のことだ。昨日もそいつにボコボコに蹴られたからな」

 ロパが言った瞬間、フローラが鬼の形相ぎょうそうでエルアーリアを睨んだ。

 その尋常ならざる殺気にエルアーリアが飛び上がる。

「ねぇ、天使さん、我らが筆頭を足蹴にしたというのは本当かしら?」

「いや…それは…その……」

「足蹴にしたかどうかをうかがっているのだけど?」

「……すみません」

「何を謝っているの? はっきりおっしゃってくださらないとわからないわ」

「……ロパさんを蹴りました」

「正直でとても偉いわ。そうね、その正直さに免じて屠るのはひとず保留にしておきましょう。そのかわりに明日から女郎屋で働いてもらいましょうか。飛びきり醜い化け物のような殿方を相手に一生懸命ご奉仕するのよ。女性と縁の無い哀れな殿方に愛を届ける。天使に相応ふさわしいお仕事じゃないかしら♪」

 ロパは知っている。

 フローラが無闇に人を殺したり、女郎屋に売り飛ばしたりしないことを。

 だが、エルアーリアは知らない。

 本当は優しいフローラの姿を。

 だから、当然のようにエルアーリアは泣き出してしまった。

 泣きながら何度も謝るエルアーリアを見て、自業自得と溜飲が下がる部分も確かにあった。だが、気の毒に思う部分の方が圧倒的に大きかった。それに人目もあったので、フローラに冗談だと言わせることを忘れなかった。

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