第5話 初めての朝チュンは酒の臭いしかしなかった

 結局、あの後、焼き鳥屋で店仕舞いまで飲んだ。エルアーリアはすっかりグデンデンに酔っ払ってたので、お店の女の子にタクシーを呼んでもらい、ラブホテルまで移動する。運転手に良さげなラブホテルまで、と言ったらニヤニヤしながらお城みたいなホテルに送り届けてくれた。面倒だったので、運転手にチップをはずんでエルアーリアを部屋まで運ばせる。途中、何度も背負い直すフリをしてケツを触っていたような気がしたが見なかったことにした。

 初めて入る連れ込み宿に興味津々のロパであったが、部屋に入るなりベッドの上で大の字になって眠るエルアーリアのいびきがうるさくて、部屋の中を探索するどころではなかった。バルコニー付きなので外に出てサマーベッドに横になって星を見ているといつの間にか寝入っていたらしい。

 年のせいなのか、深酒してもロパの朝は早い。小鳥の囀る声で目覚めると朝日が昇り始めていた。夜風が心地よかったので寝苦しさは全くなく目覚めもすっきりしている。

「良い朝だ」

 こんなによく寝たのは久しぶりだ。十年前は敵の襲撃に備えて交代で仮眠を取るしかなかったからだ。体はローパーになってしまったが人間の街で普通に生活できるようだし、しばらくはこの穏やかな日々を満喫するのも悪くないと思ってしまう。

「あいつはまだ寝てるのか」

 サマーベッドから降りて部屋に戻ると、エルアーリアはまだいびきをかいて寝ていた。服を脱ぎ捨ててる様子もなければ、だらしなくはだけさせてもいない。布団もしっかりか掛けているので全く色気は感じない。

「襲う気にもならんな……」

 いや、たとえあられもない姿であっても寝込みを襲うロパではない。とりあえず、

部屋にある魔動ポットでお湯を沸かし、お茶をれながらエルアーリアの目覚めを待つことにする。

「ふわぁー、おはようごじゃいます」

 二杯目のお茶を飲み終えたところでエルアーリアが目を覚ました。

「おはよう。ずいぶんと飲んでたが大丈夫なのか?」

「潰れる前に二日酔い防止の法術をかけておきましたから大丈夫です」

「そんなもんがあるのか」

「私のオリジナルです。残念ながらロパさんには使えませんよ」

「そこまでして飲みたいとは思わないよ」

「とりあえず、シャワー浴びてきます」

 エルアーリアは大きくのびをしてベッドから抜け出す。

 ボサボサになった頭をかきながらシャワールームに向かう姿に色気は全くない。

「あ、一緒に入ります? 洗ってあげますよ」

 エルアーリアが振り返って悪戯いたずらっぽい笑みを浮かべる。

「冗談を言ってる暇があったらさっさと酒の臭いを落としてこい」

「はーい」

 ロパが初めて天使の啓示を受けたのは十二歳の時だ。守護天使時代からの付き合いを含めれば実に四十年以上の付き合いになる。まあ、こんなだらしない性格だと知ったのは昨日のことだが、付き合いは長いのでまるで戦友のような感覚がある。美貌で言えば天下十二剣聖第七席のフローラもエルアーリアに負けてはいないが、ハイエルフであるフローラは気位が高く、戦友としての付き合いすらままならなかった。第三席のアイーシャ・ダムマーウムは同じエルフだったが、彼女の場合は砂漠の民であるダークエルフであり、かつ、男勝りの性格だったので女として意識したことはない。エルアーリアは別に男勝りというわけではないが、女として意識できないという意味ではアイーシャによく似ているかもしれない。

「あーさっぱりしたぁ」

 シャワーを浴び終えたエルアーリアがバスローブ姿で戻ってくる。魔動冷蔵庫から缶ビールを取り出し、プシュッとあけて口をつける。

「朝ビール最高!」

 と言いながらロパが座るソファーの横に腰を下ろす。

「今日はどうするんですか? 風俗行くなら昼間の方がすいてていいですよ。暇している女の子達が多いからたっぷりサービスしてもらえるんじゃないんですか」

「守護天使とは思えない発言だな」

「もう猫かぶってても仕方ないですからね。さっさと抜いてもらって天界に帰りましょうよ」

 持っている缶をしごくエルアーリア。

 あまりにも下品すぎてロパは逆に萎えてしまう。

「なんか、そうストレートに言われると萎えるんだよなぁ……」

「そんなこと言ってたらいつまでも童貞のままですよ。素人がお望みなら私が協力するって言ってますよね?」

 と言ってエルアーリアはバスローブの胸元をはだけさせる。

 アイーシャにもそんな風にからかわれていたので、そういうのは正直うんざりだった。

「そういうさ、軍隊みたいなノリのはもうたくさんなんだよ。もっとさ、情緒的に誘われてみたいの。戦友以外にさ」

「童貞のくせにワガママですね」

「初めては…その…大切にしたいから……」

 真っ赤な顔を触手で隠すロパ。

「それは夢見る女の子のセリフです。五十三の童貞が言ったら普通にキモいだけですよ」

「五十三の童貞は夢を見ちゃいけないのかよ!」

「三十過ぎて現実を見れない大人はただの痛い人です。ってか、ロパさんって本当に童貞捨てる気あるんですか? なんか全然熱意が感じられないんですけど……」

 エルアーリアがジト目を向けてくる。

 ちょっと思い当たる節があるだけにロパは反論できない。

「ひょっとして女の子が怖いとかじゃないですよね?」

 図星だったのでロパは思わずビクッと反応してしまった。

「あー、そういうことですか……」

「別に一緒にいるのがダメっていうんじゃないんだよ。なんていうかさ。そういう雰囲気になると急にづくっていうか……」

 段々と声が小さくなるロパ。

「それでチャンスを潰していたのに、まるで私が全て悪いような言い方していましたよね?」

「いや、それは、そのぅ……ごめんなさい……」

 しゅんとなるロパを見てエルアーリアは呆れたようにため息を吐いた。

「はぁ……。こりゃ重傷ですね……。サキュバス対応案件ですよ」

「知り合いがいるのか?」

「いるわけないでしょ。まあ、サキュバス級の性欲を持った天使もいないことはないですが……」

「紹介してくれ」

「嫌です」

「なんで? それで全て解決するんだろ?」

「相手が天使または天使候補の場合、契った相手と夫婦にならなければならないという決まりがあるのです。あなたはそんな淫乱天使と結婚したいんですか? 天使のくせに処女じゃないんですよ?」

「うーん、そうだな……。おまえみたいなビッチと結婚する気にはなれないな……」

「私はビッチではありません。超清純派です」

「おまえが超清純派? そいつは笑えない冗談だな」

 次の瞬間、エルアーリアの裏拳が顔面にめり込んだ。

 エルアーリアは超清純派。

 ロパの脳裏に深く刻まれた瞬間だった。

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