第4話 童貞ローパーはあの日の誓いを忘れないかもしれない

 ロパの父は陸軍の下士官だった。

 辺境警備隊の一員であった父は魔王軍の襲来を受けて死んだ。

 所属していたのは百人にも満たない小規模な部隊だったが、それでも最後まで意地を見せ、民間人が避難する時間を十分に稼いだ。

 六歳の時だった。

 その父の葬儀で祖父が言った言葉を今でも覚えている。


『勝負は時の運。善戦むなしく敗れることもあるだろう。その結果、守れなかった者がいたとしても仕方がない。それに対して言い訳をすることも許されると思う。だが、最初から守らなかったというのは駄目だめだ。守ろうともしないことに対し、言い訳をすることは決して許されない。誰かを守れる強さを持てとまでは言わん。せめて父のように誰かを守ろうとする者であってくれ』


 痛いくらいに強く握りしめられた幼い手にロパは誓った。

 常に誰かを守る為に生きる、と。

 からの棺桶を前に泣きながら誓った。

 たとえ、この身がローパーになろうとも。

 その強さが弱酸性スライム以下だったとしても。

 誰かを守ろうとする者であることに変わりはない。

 ローパーに生まれ変わって半日以上が過ぎ、その自信はすでに揺らぎ始めている。

「ここもダメでした……」

 ホテル探しは難航している。もう二度と蹴られたくないというロパの思いがその歩行を著しく上達させ、普通に人が歩く速度にまでなっているが、訪れるホテルはどれも魔物お断りばかりで一向に決まらなかった。

「大通り沿いは全滅ですね。あとは裏路地のラブホテルしかありません」

「ラブホテル?」

「連れ込み宿のことです。最近はそう呼ばれることが多くなりました」

「十年経つと色々変わるんだな」

 ここは帝国の辺境都市モルテネクという街だが、以前に訪れた時とは大きく様変わりしていた。クソ田舎いなかのどちらかと言えばさびれたイメージの街だったのに、今では高いビルが建ち並び、帝都でしか見られなかった魔動車が道路を行き交っている。行き交う人の姿も洗練され田舎いなか臭さは微塵みじんもない。その服装もさることながら、中身も美男美女が多くなった気がする。

「あのモルテネクがずいぶんとあか抜けたもんだなぁ」

「かっこいい男の子やかわいい女の子が増えたように感じますか?」

「ああ、若い子が特にあか抜けてるな。十年前とは雲泥うんでいの差だ」

 さすがにエルアーリアには負けるが、それでも芸能人レベルの見た目を持つ若者も少なくない。

「整った容姿を持つ人はみんな魔人です」

「魔人?」

「魔物と人の間に生まれた子供達です。魔物は魔王の因子を受け継いでいますので、どんなに醜い魔物であろうと人との交わりで出来た子供達はその因子の影響で美男美女になります。また、魔法の才能にも恵まれ、高い魔力を持つのも特徴です」

「戦場でそんな噂を聞いていたがまさか本当だったとはな」

「魔物の地位が向上したのも彼らのおかげです。その容姿を活かしタレントで活躍する彼らが啓蒙運動の中心でした。また、戦後復興には魔王軍がもたらした魔法技術が欠かせなかった為、技師として魔物の一部が採用されたことも大きいと思います」

「魔物が働いているのか?」

「知恵ある魔物はほぼ働いています。知恵の無い魔物も愛玩動物や使役動物として活躍しています」

「本当に平和になったんだな」

 ロパは思わず目を細める。

 自分がその手で勝ち取った平和なので感慨も一入ひとしおだ。

「それで、どうするんですか? 私はラブホテルでも全然かまいませんが」

「他に選択肢はなさそうだな。まあ、いかがわしい魔物と共に連れ込み宿に入るおまえが白い目で見られるだけだしな」

「そうですね。最近では魔人の増加に伴い婚期を逃した女性がローパーを飼育することも多いのだとか。元筆頭剣聖が大人の玩具おもちゃ代わりに見られる恥辱に耐えられるとは驚きです」

「なあ……」

「はい……」

「ここでこんな言い争いをしている方がよっぽどダメージが大きい気がするんだが……」

 大通りを行き交う人々の視線が痛い。魔人すら霞むレベルの美少女とローパーが言い争っているのだ。衆目を集めるのは当然のことで、パン屋の前で世間話をしていた中年女性二人などは完全に誤解した様子でひそひそと何かを話している。

「とりあえず、目立たないところに移動した方がいいだろう」

「そうですね」

 二人は逃げるようにその場を立ち去る。目抜き通りを一歩裏に入っても雑踏は消えなかったが、それでも人気ひとけはだいぶ減っている。そこは飲み屋街らしく狭い道の両脇には小さな居酒屋がのきを連ねていた。

「昼間から開いてる店も多いんだな」

「今は昼飲みがちょっとしたブームになっているようです。みんなが働いている時間に飲む優越感とか、明るい時間に飲む開放感がいいらしいです」

「天使の割に詳しいんだな」

「守護天使課長にお小言を言われるたびに地上で飲んでましたからね」

「それで時々呼びかけに応じない時があったのか」

「………………」

 急に視線をそらすエルアーリア。

 ピンチの時に啓示をもらえず苦悩したあの日々のことを思い出し、ロパの怒りが沸々ふつふつとわき上がる。

「おまえなぁ! 一言くらいびの言葉があってもいいんじゃないか!」

「まあまあ、とりあえず何か食べましょうよ。ほら、そこの焼き鳥屋なんてどうですか?」

「焼き鳥か、そういえば最近食ってなかったな」

「魔王討伐の祝勝会といきましょう。さあ、入った、入った」

 エルアーリアに背中を押され、ロパは近くにあった焼き鳥屋に入る。

 店構えは古そうだったが、店の中は落ち着いた内装で清潔感があり、路地裏の隠れ家と言った感じで雰囲気は良さそうだ。

「すみません、魔物連れなんですが大丈夫ですか?」

 エルアーリアが声をかけると、給仕の女の子がにこやかに応対してくれた。

「はい、大丈夫ですよ。こちらのお席にどうぞ」

 ロパ達は空いている四人がけのテーブルに案内された。今時は魔物と同席することも珍しくないようでちゃんと魔物用の椅子というのも用意してくれる。大きさや高さが変えられるだけでなく、背もたれも外すことのできる特殊な椅子だ。女の子は慣れた様子でそれをロパ用に調整してくれた。

「とりあえず、大生二つと焼き鳥の盛り合わせ二人前をお任せで。あと、すぐにできるものって何かありますか?」

 ロパがおしぼりで顔を拭いている間にエルアーリアが中年親父みたいな速度で注文を始める。

「そうですね。すぐにお出しできるものなら鶏皮のマリネとかオススメですよ」

「じゃあ、それと冷やしトマトにチーズの盛り合わせをお願いします。ロパさんは何か食べたいものあります?」

 顔を拭き終わったところでようやく注文を聞かれる。

「うーん、そうだな……。この鳥刺しってレバーもあるのか?」

「はい、ございます。うちはハツ、レバー、ムネ、モモ、ササミの五種盛りでお出ししています。もちろん、ご要望とあらばレバー単品でお出しすることもできますが、いかがしますか?」

「いや、五種盛りでいいよ。とりあえず、二人前頼む。あと、自家製ピクルスも」

「はい、差し盛り二人前と自家製ピクルスですね。ご注文は以上でよろしいでしょうか?」

「ああ、大丈夫だ」

 女の子は注文を取り終わると、すぐに生ビールを二つ運んできてくれた。店によっては中ジョッキに毛が生えた程度の大ジョッキだが、この店は気前が良いらしくかなり大きなジョッキが目の前に置かれる。

「じゃあ、とりあえずお疲れ様ってことで」

「ああ、お疲れさん」

 エルアーリアと乾杯したロパはジョッキの中身を大きな口に流し込む。

「ぷっはぁー、うめぇー!」

 そう言ったのはロパではない。

 一気飲みしてジョッキを空にしたエルアーリアだ。

「大生おかわりください!」

 空のジョッキを振るエルアーリアにロパの目が点になる。

「え……」

 まるで水のようにビールを飲むエルアーリアの勢いはとどまることを知らず、結局、すっかり日が暮れるまで祝勝会は続いた。

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