第2話 童貞ローパー初めて昇天す

「誰がクソ天使ですか!!!」

 いきなり殴られた。

 先端が丸い円筒形の体にいくつもの触手が生えたローパーという魔物に生まれ変わった直後なのでかわすことすらできなかった。

「いってええっっっーーーー!!!!!」

 痛みにもだえながら振り向くと、あのクソ天使ことエルアーリアがいた。背中に羽はなく、妙に色っぽいドレスも着ていない。着ている服はどこにでもいる町娘風。だが、その顔も体つきも天界で見た時のままだ。正直、普通ではない。この世ならざる美しさを隠しきれず明らかに悪目立ちしていた。

「お、おまえ、なんでここにいんだよ!」

「いけませんか?」

「いけないっつーか……おまえ、天使としての仕事はどうしたんだ?」

「あなたが天命である堕天使討伐を果たした時点で私の任は解かれました。今の私はただの天使に過ぎません。まあ、こうして受肉していますから天使であるかどうかも怪しいのですが……」

「天使を辞めたってことか?」

「一時的にです。あなたが目的を果たせば、この肉を捨て天界に戻るつもりでいます」

「そうか……」

 エルアーリアの説明を聞いてロパはほっと胸をなで下ろす。自分のワガママで取り返しのつかないことになってしまったなんてシャレにならない。彼女には彼女の生き方がある。それはロパも十分に理解していた。

「あのぅ、私、今は一応、人間の女の子なんですが、襲わないんですか?」

「おまえ、人間なのか?」

仮初かりそめの命ではありますが一応人間の体です。そのおかげで天使の力は使えません。ただ、父なる神とのつながりそのものは消えていませんので、人の範囲で法術による奇跡は起こせます。ただ、あなたは魔物です。その命は魔力によって支えられています。魔力と相反する法力によって編まれた法術の奇跡はあなたにとっては毒でしかありません。人間ならいざ知らず魔物の身で癒やしの奇跡を受けようものなら、たちどころにその身が滅びることでしょう」

「それは死ぬってことか?」

 ロパの質問にエルアーリアは静かに首を振る。

「法術による魔物の死は消滅です。その魂は砕かれ、霊的循環に取り込まれ、全く新しいものとして一から再生されます」

「それってつまりだ。おまえにゃ、俺の傷は癒やせないってことか?」

「はい。それだけではありません。あなたは生前、生命力をみなもととする闘気オーラを使って戦っていましたが、その体は神の作りたもう命ではない為、闘気オーラを作り出すことができません。魔力を高めれば強くなれますが、その才能は魂の形に依存します。あなたの魂の形でその才を発揮することは困難でしょう。今のあなたの強さは最弱の魔物である弱酸性スライム以下です」

 弱酸性スライムは小動物の死体や木の葉をゆっくりと溶かして食べる最弱の魔物だ。抵抗力の強い生きた獲物は溶かすことができず、体も小さいので村人にさえ簡単に駆逐されてしまう。ロパが与えられたローパーの体はエルアーリアの胸ほどの体長があり、ローパーとしてみればそこそこ大きな部類に入る。体に生えた触手は全部で八本。目は二つで、大きな口が一つ。でも、小型スライムより弱い。そして、強くなることもできない。これは完全に詰みの状態と言える。

「今のあなたは非力な町娘にも敗北します」

「で、負けたら消滅か……」

「なので、私で手を打ってください。この体を好きにさせますから」

 エルアーリアは唐突に服を脱ぎ出そうとする。着ているブラウスのボタンに手をかけようとした瞬間、ロパの触手がシュルリと伸びてその手をつかんだ。

「やめろ! はしたないマネをするな!」

「え? Hする為に蘇ったんですよね? だったら、さっさと済ませてしまいましょうよ」

「お、おまえ、それでも天使か? 好きでもない男といきなりそんなことするなんて馬鹿じゃないのか!」

 ガッチガチの童貞であるロパは女の扱いに慣れていない。いきなり事をいたすという考えは彼の選択肢にはなかった。

「さすがは童貞ですね。そのキョドりっぷりは見事なものです」

 エルアーリアはニヤニヤしながら、ロパの触手を振りほどき、次々とボタンを外していく。

「いけません! 女の子がそういうはしたないマネしちゃいけません!」

 ロパはエルアーリアに背を向け、八本の触手で大きな二つの目を覆い隠す。

「天界での強気の発言はどうしたんです? 魔物になって女どもを片っ端からぶち犯してやんぜ、ゲヘヘヘって言ってたのはどなたでしたか?」

「そこまで言ってねぇよ。つか、魔物になるって言ったのも軽い冗談のつもりだったんだよ。俺はこう見えても五十三だぞ。そこら辺の大人としての分別ふんべつはあるに決まってんだろ!」

「思春期まっさかりの少年みたいな発言を繰り返していた童貞野郎が今さら大人ぶっってどうするんです? さあ、上も下も脱ぎましたよ。まずは下着姿からご覧ください。そして、欲情し、そのたぎる思いを全部私にぶつけてください! さあ!!!」

 何度も繰り返すようだがロパは童貞である。ガッチガチの本物である。守護天使の啓示を信じ、数多あまたの美女を袖にしてきたロパは、女の裸はもとより下着姿すら見たことはない。たとえそういう機会があったとしても、不思議な光や不自然な煙に邪魔されてきた。生まれてすぐに母と死別し、祖父に育てられたロパは女性の温もりを全く知らない。だから、いざそれが見られることになっても、恥ずかしさでどうしたらいいのかわからなかった。

「この下着は帝都で話題になってるものを参考に作りました。とっても可愛いデザインなんですよ。あなたもきっと気に入るはずです」

 お腹の下がどんどんムズムズして今にも爆発しそうだった。なんかよくわからないけど九本目の触手が生えかかっている。そんな姿を見せるのが無性に恥ずかしくてたまらない。だから、ロパは目を覆い隠したまま動けずにいる。

意気地いくじなし……。もういいです。サービスタイムは終了です。ちゃんと服を着ますからそこでおとなしく震えていてください」

 ちょっと不満げに言ったエルアーリアの言葉に安堵しかけたまさにその時だった。

 遠くに人の気配を感じ、直後、エルアーリアの悲鳴が上がった。

「きゃああああっっっーーー!!!!」

 絹を裂くような声に驚き、思わず振り返るロパ。

 エルアーリアはまだ着衣を終えておらず、はだけたブラウスからピンク色のブラジャーが覗いている。

 それを見た瞬間、ロパの中で何かが弾け、第九の触手から白い粘液を派手に撒き散らし、何が起こったのかも理解できぬまま一瞬で気絶した。

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