第9話『ラストバトル』

 GM:レッサーオーガA(人化状態のジジイ)の腕をショートソードで斬り落としたシンは、剣の切っ先をレッサーオーガAの鼻先に突きつける



 シン:おい蛮族、知っていたか? 戦力ってのは兵の乗数で決まるんだぜ? おめぇらは2人だから2✕2で戦力4、俺らは3人だから3✕3で戦力9。つまり……おめぇらと俺には2倍近くの戦力差があるっつーわけだッ? 理解したか、――蛮族



 ハル:(シン……嘘乙ですわっ。本当はLVや武器防具の質が同じ場合に使える計算式ですわ、……ですが……相手が怯んでいるなら、チャンスですわ)シンさんのおっしゃる通りですわ。数に劣るあなた方に勝機はありませんでしてよっ!



 GM:シンの知識はあくまで聞きかじりのハッタリ兵法だが、レッサーオーガを揺さぶる効果はあったようだ。レッサーオーガババアはシンに襲いかかる



 GM(レッサーオーガA:人化状態のレッサージジイ):うるさいよっ! 死になッ!!


 シン:っと……あっぶねぇ……。1000ガメルも出して買った〈疾風の腕輪〉がなければヤバかったぜ。……セーフティーシャッター並みの信頼感って奴だッ!



 GM(レッサーオーガA:人化状態のレッサージジイ):面倒なのはこのアタッカーのクソガキだけさ……ひひっ。……男を殺したあとは、この女どもの心臓を喰ろうてトンズラだ……。ひひっ……若くてキレイな女に化けたら今よりラクに借りができそうだわいッ……



 GM(レッサーオーガB:人化状態のレッサーババア):そうさねぇ。最近はグランレイダーズに目を付けられてたし……うちらも商売あがったりだよ。人喰いガルンもどーにも信用ができないやつだけらねぇ……ひぃっひっひっ……



 GM(レッサーオーガA:人化状態のレッサージジイ):……そうさなぁ……そろそろトンズラを考えてたらちょうど質の良い心臓が2つも来てくれたんだからなぁ。海掠神エイリャーク様の加護って奴かもしれないのぅ。ひっひっひっ……『欲しければ奪え、憎ければ殺せ』……さすが我らが神。尊い御言葉さねぇ。いひひひっ!


 

 GM:駆けだしの冒険者たちに聞くに堪えないおそろしい言葉を吐くレッサーオーガたち。膝がガクガクと震える……だけど大丈夫。ピノの奏でる〈モラル〉のアップテンポな旋律が冒険者たちの心の中に眠る闘争の意志を呼び起こします!!!



 GM(レッサーオーガA:人化状態のレッサージジイ):眠れや眠れ……永遠に〈ナップ〉じゃよ。……蛮族風情に真言魔法が使えぬと侮ったか……若いのぅ……ひひひっ……いまさら謝ってももう遅いぞ……ざまぁ……ひひっ


 シン:……くそ……抗えねぇッ……(シンは眠りにつく)


 ピノ:そんなときにはこんな歌はいかがかい? 早起きは三文の得っしょ。朝の目覚めの旋律を奏でるよっ〈アーリー・バード【⤴】〉


 GM:ナップによって泥沼のような睡魔に襲われていたシンだったが、ピノの呪歌〈アーリー・バード〉の効果によってシンは眠りから目覚める。既にこの場には〈終律・春の強風〉を放てるだけの楽素【⤴】が集まっている!


 シン:すまねぇ……助かったぜッ! 〈挑発攻撃Ⅰ〉おらおら、今度はこっちの番だぜ?! アルティメット・ブレイドッ!(ショートソードによるただの攻撃です)


 GM:シンはレッサーオーガAの左腕を斬り落とす。左右の腕を斬り落とされたレッサーオーガAは物理攻撃が不可能!


 ハル:えぇいっ! ポコ☆


 GM:ハルのライトメイスの一撃。レッサーオーガAの頭蓋を粉砕し脳を爆散させました。〈レッサーオーガAを討伐しました〉。


 *おおっと!*……レッサーオーガBが人化を解いて2メートルを超える異形のバケモノに変じます。ただ、……ここは屋内。大きくなった分、すこし動きづらそうにもみえます


 ですが人化を解いたレッサーオーガはすべての能力値が人化状態よりも1ランク上昇しています。相手が1人になったからといって油断大敵です。



 GM(レッサーオーガB):……貴様……この人族……ッッ!! 絶対にブッ殺す!!



 メリア:ピノさん。この部屋に楽素が満ちてきているようですわ


 ピノ:うん! 音がとっても気持ちいい。聴かせてあげる終律の奏。……あなたの音色――止めたげるッ!



 GM:ピノが投じた2つの6面ダイスの合計値は……〈10〉、そしてピノは吟遊詩人LV〈2〉! さらにさらに精神力ボーナス〈5〉。つまりつまりつまり……いまのピノの奏力は〈17〉!!! さらにさらに終律・春の強風の固定値は〈10〉! 春の強風と呼ぶにはあまりにもすさまじい風の刃がレッサーオーガBをズタズタに引き裂く!! レッサーオーガBはボロボロのからだを引きずり……冒険者たちに一矢報いようと……一歩一歩足を引きずりながら、歩み進む。その姿は……奈落の悪鬼羅刹よりも醜悪である。



 GM(レッサーオーガB):ゴロス……必ず……喰い殺すッ!!



 シン:(相手を追い詰めた……。今度は向こうも本気でこちらを殺しにくるだろう。つまりここで決めきらないとやべぇ……)



 GM:運命〈DICE〉を司る神は気まぐれです。……必ずしや人の窮地に手を貸してくれるわけではあります。……そして、いまがまさに……いまこの瞬間のシンの出目が証明しております。……2つのサイコロの出目は最低の値の1と1……。つまり、……




 シン:うおおおおおおぉぉッッ!!!!!!!! 〈運命変転〉 始祖たる神ライフォスッ!――いまこそ、俺に剣の加護とやらを貸しやがれぇッ!!!!




 GM:〈運命変転〉……ラクシア世界に数多く存在する人族のなかでも原初の存在とも言われる〈人間〉のみが使用可能な力。……投じられた運命〈DICE〉すらもひっくり返す。そう、……気まぐれな神々のサイコロに抗うことができる――人間の絶対の意志の証明ッ!! このわずかな一瞬、――人は気まぐれな神の運命すらも超えるッッ!!! シンの運命変転により、投じられた1と1の目はそのまま反転――! 6と6……つまりつまりつまりッ!! 最大数の12にッッ!!!




 シン:俺はなぁ。こんなとこでは膝をつけねぇんだッ……俺はオフクロの死んだあの日に……〈絶対に負けないって……誓ったッ!〉――だから負けられねぇッ!!



 GM:〈剣の恩寵〉の加護と今は亡き母への想いのこもったシンの渾身の力をこめた斬撃がレッサーオーガを斬り裂く!!! レッサーオーガBは……両断された!



 シン:(かぁさん見ているか。……俺の伝説はこっから始まるんだ。……いつか、かあさんの名誉を取り戻すその日まで……絶対に負けねぇ……)





  ◇  ◇  ◇





 冒険者たちは、命がけの死闘の緊張感からか、床に尻もちをついて笑いあう。勝利の余韻と、戦闘の昂揚感の入り混じった感情だ



 シン:ふぅ……。レッサーオーガやべぇな……あそこまで巧妙に擬態されたら、気づけねぇぜッ。……ピノがいなければ正体看破うまくいったかどうか……あやしいとこだぜッ!


 ピノ:ははっ。すこしはお役に立ててよかったっしょー


 ハル:レッサーオーガですか。……おそろしい蛮族ですわ


 ピノ:だね。オーガは心臓を食べた人族にならなんでもなれるからねー


 シン:そうなのか?


 ピノ:そうそう。たとえば、オーガストリートの頭領はリカント〈獣人〉なんだけど、正体がオーガって噂もあるくらいだからねー。油断したら後ろからガブーっしょー


 ハル:……おそろしいですわね



 GM:家のなかから元々ここに住んでいたとおもわれる老夫婦の遺留品の数々が見つかった。討伐したレッサーオーガはいつのまにか、この老夫婦に成り代わっていたようだ



 シン:ひっでぇ……ありさまだな



 GM:レッサーオーガたちが住んでいたこの部屋のなかはあまりにも酷い光景で、冒険者たちは各々の宗派にそって、無惨に命を散らすことになった生命に追悼をささげるのであった



 ハル:このレッサーオーガ人を喰うと足がつきやすいからって、野良猫を狙っていたのですわね。……あんまりですわ


 ピノ:……あきれて言葉もないっしょー





 GM(手元のカンペを読みながらナレーション):冒険者たちは老夫婦の部屋のなかから首輪に〈ウルタール〉と書かれている黒猫の姿を見つけた。どうやら、黒猫は栄養失調により随分と憔悴しているようだ



 ……もし、あと1日救助のタイミングがおそくなれば、黒猫を救うことはできなかったかもしれない。……だが、君たちは最悪の事態をむかえることなく、黒猫の窮地を救った



 この黒猫の命を救うことができたのは、君たちLV2の冒険者たちの力にほかならない。「ははっ! 猫を1匹救っただけじゃん?」そうあざ笑う者たちもいるだろう。だが、一切卑下する必要なんてない



 そう――世界を救った英雄、歴史に名を馳せた豪傑、そしてこのグランゼールの迷宮王……。彼ら彼女らもかつては、名もない一介の冒険者にすぎなかったのだ。彼らの冒険は君たちと同じようにLV2からはじまった



 最初のクエストはドブさらい、失せ物探し、迷い猫探し……そう、偉大なるサーガも最初は小さな物語から始まるのだ。だから、――君たちは胸を張るべきなのだ。これは、まだ見ぬ未来の英雄たちの小さく、…さそして大きな一歩なのだから





 シン:ふぅ……。とりあえず、これで


 ピノ:いっけんらくちゃっくっしょーっ


 ハル:ですわね(頭のヒマワリの花が嬉しそうにパッと咲く)




 はじめての依頼を完璧にこなした冒険者たちは、救助した黒猫を抱えながら、下町ギルド〈グランレイダーズ〉に報告に向うのであった。

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