第2話

 放課後。校庭では運動部のいくつもの声が聞こえてくる。私は2階の窓際の自分の席からそれを眺めている。


 校庭の真ん中に陣取っているサッカー部を眺める。シュート練習をしており、今鮮やかにゴールネットを揺らした彼、太一を見ている。


 シュートを決めた太一は満面に笑みを見せていた。私が知ってる笑顔だ。私が好きな笑顔だ。


 私にしてくれなくなった笑顔だ。


 昼休みの事を思い出すと軽く頭が痛くなる。なんであんな事をしてしまったのだろうと。


 私は分からなくなる。太一の事を考えると自分が分からなくなる。自分なのに自分が何をやっているのか分からない。制御不能。セイギョフノー。コントロールができない。


 自分の感情が自分で分からない。


 太一の事が好き。それだけしか分からなくなる。

 

 「……って言っても帰宅部なのに、あいつを待つためにわざわざこうやって待ってるかね?」

 と自分に自分でツッコむ。少なくともさっき太一と訳のわからない喧嘩まがいの事をしてた時よりもクリアになってる。


 あまりに手持ち無沙汰なのでスマホをいじり、SNSのアプリをタップをするのと同時に。


「あれ?立川さん?」と私を呼びかける声が教室の入り口付近から聞こえてくる。


 丸眼鏡をかけて、明らかに整えてない髪型と眉毛が野暮ったさとかうだつの上がらなさ、陰キャみたいな印象を瞬時に感じられる。


 転校生だ。この5月という来るならもーちょい早めの方が良かったんじゃない?というタイミングで転校してきた。東京から来た。


 名前は───。


「あー。えーと。あー………、転校生!」

 と勢いよく指を指す。


「橘です。」少し気落ちして転校生は名乗る。

「そう、橘何とかくん」

「亮です。」さらにズンと重力を感じさせる表情になる橘くん。

「ごめんごめん」と私はテへ&ペロの態勢で右手を顔の前にもってき謝罪する。反省はしてない。


「どーしたの?タチバナくんは?」と話をすり替えるために彼に話題をふる。


「あー僕ですか?えーと僕はまぁ図書室で本を」

「あれ?この間色んな部活回る付き合ったじゃん?何も入ってないの?」

 橘くんが転校してきてすぐ担任の矢場先生、通商ヤバセンからお前暇だろうからまだ勝手が分かってない転校生のタチバナくんの部活選びにつきあってやれと私はぶん投げられた。


 ヤバセンは言った。 お前とあいつは似たもの同士なんだから付き合ってやれと。


 そんでもってタチバナくんと一緒に何故だか部活の体験入部に付き合った。


 見た目通りの文化系な彼は美術部、軽音部、囲碁将棋部とかを中心に回った。ヤバセンの言われた通り暇すぎる私は、太一の部活を待ってる時間のちょーどいー暇つぶしになって助かった。


 何故だかあんなに嫌がってた柔道部に入部をするか否かを真剣に悩んでいたのは少し不思議に思った。私と組み手をした後から、何故だか柔道魂に目覚め始めていた。


「えーーーとですね……。そのなんてゆうか、あまり僕にしっくりくる部活が無くてですね」


「ふーん……。で?図書室に入り浸ってるてわけ?あんなに突然柔道魂に目覚めてたじゃん。私がかしたドカベンの序盤、すごく熱心に読んでたし」


「いや!その!柔道に目覚めたというか!!なんというか……その…………」とどんどん橘くんのトーンが低くなっていた。何ソレ?


「いや……なんというか……その。この高校の部活じゃですね、自分のやりたいモノがなくてですね。で自分で始めようかなと」


「ふーん……。何を?」と校庭から太一の叫び声が聞こえてきたので視線を外へと移動させる。またゴールを決めていた。練習なのに、あいつは一生懸命だなと口元が上向く。


 ジトッと橘くんの視線を感じる。向きを戻すとホントにジトッとした目で私を見ていた。


「文芸部です」「おー……すごいね」


「それで今ですね、新しく部活を始めるためには最低三人は部員が必要で」


「へー」とまた太一のゴリラかよてレベル雄叫びが外から聞こえてくる。シュートを決めて、自分の胸でドラミングしていた。本当にウホウホしていた。ウホついてた。ウホつく太一は久しぶりなので目が釘付けになった。レア太一の写真をパシャリとスマホにおさめた。


「立川さんて……部活入ってないんですか?僕に付き合ってくれたし」

 と問いかけられたのでまたタチバナくんへと視線を戻す。しっとりとした湿度のあるジト目にパワーアップしていた。


「あー……私?私は入ってないのかな?いやうーん幽霊部員的な?」

 イヤな事を聞いてくると私は心でそっと舌打ちをする。


「いや何で曖昧なんですか、そこ自分の話なのに」

 妙にタチバナくんが食いつく。


「私はなんてゆーかそのビョーキみたいな感じで休んでるみたいな感じなの!」


「えっ!病気なんですか?だ、大丈夫ですか」と目がくわっと見開くタチバナくん。ダーンと私の机を叩いて前のめりになる。その瞳は私の事を心の底から心配してくるのが伝わってくる。


 ありがとう。けどそーゆーんじゃないんだ。


「あ……すみません、何か取り乱しちゃいました」とタチバナくんは謝罪する。


「あー、まぁ気にしないで!全然!いやマジで元気だよ、私は」とフォローする。

 元気ではある。けどまだ全然治っては無い。


 しゃーーんなろーーーとの叫び声が聞こえてきた。予想通り太一の声だ。超高速でムーンウォークをしていた。SSR太一じゃんとこれもスマホに納める。


「立川さんて山田くんと付き合ってるんですか?」

 またタチバナくんへと向き直る今度も彼はジトッと……していなかった。


 頬を少し赤らめ、目には情熱みたいななんか気迫。


 あっ………コレたぶん私じゃんとなった。これ、たぶん私が太一に向けてるヤツじゃん。となった。


 椅子にキチンと座り直す。下手したら想像したモノを来るかも知れない。臨戦態勢?真剣試合?的な。

 

「うぅん、付き合ってないよ。お昼休みのアレ見なかった?あーゆーこと」


「………でもあれってほぼ………」俯きながら喋るタチバナくんが何を言ってるか聞き取れなかった。


 クワッと顔を上げるタチバナくん。両眼には火が灯っていた。二つの瞳の火が合わさり、タチバナくんの瞳に炎が産まれていた。ガンバスターじゃんと内心チャチャを入れた。


「じゃあ、山田くんは何なんですか!立川さんの!!!!」

「世界一大切な人だよ」


 コンマの世界で即答した。きっと私の笑顔は歪んでいるんだろうなーと他人事みたいに捉えて。

 


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