ねえ結婚しよっ。ねぇねぇ結婚しよ

長月 有樹

第1話

 おおきく振りかぶった右手に力を込める。足には全体重を乗せる。


「ねぇ結婚しよっ。ねぇねぇ結婚。しよしよ?」


 振り抜く。振り抜く。振り抜く。あいつの肩目がけて打つべし打つべしと私はプロポーズと同時に何発もフックを彼にお見舞いする。


 パン!パンパパン!連続で入るパンチに彼は多少よろける……けど、スクッと立ち直り少しズレてた眼鏡を元の位置に直す。まるで何も起きなかったようにすっと歩みを進める。


 そうはさせるか!と私はぴょーいとはね飛び、彼の進路を塞ぐ。両手を大きく広げて大の字みたいに彼を遮る。


「ねーぇ!何で無視すんの?聞こえてないの?聞こえてないのぉお?なら、何度でも言うんだけどぉ、結婚しよ!結婚しようよ!」


 と今度は彼の周りを飛び跳ねながぐるぐる回る。


 高校の昼休みの廊下。一際喧しい私の声に周りの生徒は何だ?と目を向けるが、あぁいつものやつか……みたいにシラけた感じで会話に戻る。そんな知るかと私は攻める。


「おーーーい!無視すんなよ!たーいちぃ!」


 ブンブンと連続で飛び跳ね続けながらパンパン、パンチを続ける。攻める。攻めまくってやる。今日こそ落としてみせる。


 今日こそ私──立川京がアイツを落としてみせる。


「…………………」とそれでも彼──山田太一は無表情に私のぐるぐる回って止めちゃおう作戦から掻い潜ろうとする。その変わらぬ氷の顔にカチンと来る。


 その凍てついた表情を絶対にカチ割ってみせる。と私はぴたりと止まり。


「けーーーーーーーーーっこん…………」


 溜める。力を溜める。足が大地に繋がる太い根をイメージする。重力を味方につける。


 全ての想いをあいつにぶつける。全部。あいつに。


 私をぶつける。ぶつけてやるのだ!と。



「しよぉおおおおおおおおおおおおおお!!!!!!!!」


 おもっきし振り抜く。あいつの肩に。


 パシリと私の想いはあっけなく太一の右手の中にむなしく収まる。大きくごわついた大人っぽい彼の手のひらに包まれる。


「ん!んんん!!コラッ!離せ、はぁーなぁーせ」

 

 私が後ろに倒れ込むように全体重を持っていて力を込めても全然取れない、離す事ができない。


「………だから無理だって」と言いながら太一は握っていたいた手を広げる。のと同時に私は後ろにワーーっと倒れ込む。勢い余って尻もちをつく。マジ最悪。


 倒れ込みながら私は言う。


「いったぁ……。何すんの!」


「何するってお前から始めてきたんじゃん。肩パン」

 変わらず冷たい眼差しで太一は私を見下ろしながら言う。その冷たい感じにまたもやカチンときた。


「そんなん昔からしてたじゃん!」

「……昔な」

「何?そんなに殴られるがウザいの?」

「…………いやっ、ソレもムカつくけど。そこじゃなくて」


 水と油。って言っていいくらいに私と太一の会話はしっくりこない。何てゆーか言葉の温度が全然違う。全然違う。こんなちがかったけ?


「何さっきからスマした感じ出してんの?腹立つわー………。本当に腹立つ」


「いや、お前がさっきからヤケにテンション高いってーか怒ってんじゃん」


 お前が。お前。その言葉がムカつく。私の名前を太一は言わなくなった。お前が。そう冷たく切り捨てる。凄くムカつく。別に普段はそこまで気にならないのに意識したらはちゃめちゃにムカつく。


 そして少し悲しい。辛い。私の名前を呼んで欲しい。


 その気持ちを振り払うように私は声のボルテージを上げる。


「そんな私が気に入らないなら私にもすればいいじゃん。肩パン」


 ぱふりと私は自分の肩にクラップする。周りの生徒たちは、なんかいつも違うぞとまたもや静まり返って野次馬根性を燃やしはじめる。


「……だからなんでそーなる」

 めーーーーっちゃ昔のラノベの感じ!昔のラノベの感じのやれやれ具合を太一は露骨に出す。モロだし。


「だって………」と私は少し口ごもる。それでも続ける。


「昔はしてたじゃん、肩パン。私が殴って太一も殴って。そんでお互い笑ってたじゃん。私がメリケンサックを使ったときは、太一めっちゃ泣いてたじゃん!」

「フツーに痛くて泣き喚いてたんだよ……。鎖骨折ってんだぞ、俺」


 残念!てか当然!!嬉し泣きでは無かった。ちなみにメリケンサックはお父さんから借りた。血が染み込んでいた年季モノだった。テへ&ペロ!



  やれやれと太一はまたも私を置いて立ち去ろうとする。その背中に私を言葉を向ける。


「何で………昔みたいに肩パンもしくれないの?何で私の言葉を聞いてくれないの?何で結婚しようって言ってるのに無視すんの?」


 私は太一の事が変わらずに大好きなのに……。何で私に冷たいの?私の事嫌いになったの?としおにしおれたしおしおな私のハートが剥けて露わになってく。


「太一は変わっちゃったの?」


 それに反応してなのかピタリと太一は歩みを止まった。がそれは一瞬でまた歩き始める。


 立ち去る太一がボソリと呟く。私に向けてじゃなく、まるで独り言みたいな小さな声でそっと。


「変わっちまったのは、お前だろ」


 その言葉が何故だか私の心をチクリとさせる。そして去って行く太一が見えなくなる。


 そしたら嘘みたいにやっぱりムカついた。太一の馬鹿ぁああ!!!!と漫画みたいな言葉を叫ぶ。


 声のボリュームはナースのお仕事のあーさーくーらーと同じくらいなので多分私の叫びは校内全体に駆けめぐって、立ち去ったあいつにも届いた。はず。

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