何だかんだで何とかなる
放課後。
いつも通りせっせと荷物をまとめている凛さんに。
「一緒に部室行かない?」
と、一言。すごく嫌な顔をされると思いきや快諾された。
拓斗はどうやら先に先生の所へ向かうようだ。
先生と話し合い、お互いの合点がいけば晴れて入部となる。
……ふと思ったが、何故急に創作部に入ろうと思ったのだろうか。
最近小説を書き始めた俺が言うのもなんだが、拓斗にモノを創るなんて趣味は無かったはずだ。
何があの気分屋を惹きつけたのだろう。
考えるよりも聞く方が早いと思いスマホを取り出す。
「……何この変なスタンプ」
「変とは何ですか。普通でしょう」
部室へと歩みを進める途中、部のグループに押された一つのスタンプを見つける。
よろしくお願いしますという言葉の隣には二足歩行の、犬だか猫だかわからないような白い動物が頭を下げている。
俺らとは少し違った感覚をお持ちなのかもしれないと感じ、深く追及することはしなかった。
「私が出なかった間、部活では何をしていたのですか?」
「んー、各々やりたいことをやってる感じだな」
「と言うと?」
「昨日ちひろ先輩と加奈先輩は紙飛行機作ってたな。廊下でどっちが飛ぶか勝負してた」
「そ、それは部活動なのでしょうか……」
「まあいいんじゃないのか? 何か創るって言ったって、放課後進めないくらいじゃあんまり変わらないだろうし」
「締め切りなどなければいいんですが…… そもそも先輩方は普段何を創作なさっているのかすら私知りませんね……」
「言われてみれば俺も知らないな。もしかしたら今日なんか分かるかもしれないな」
そう言って部室の扉を横に引く。姿を見せたのはまさかの先生だけだった。
「お、今日は高梨さんも一緒か。よく来てくれた」
「こんにちは、先生。もう活動しているのを知らなくて、参加が今日になってしまいました」
「せっかく全員集まれる日だ。パーティでもやるか?」
「お酒飲みたいだけですよね。さすがに頻度高すぎるんじゃ……」
少し前に行われた俺らの歓迎会からまだ時は大きく経過していない。
このペースでパーティなんてやってたら創作部じゃなくて宴会部だ。
「いつもはそんなにやってないぞ。月一だ」
だから多いって……
教室の後ろにあるあまりの机の上にカバンを置く。
そして入り口付近にこさえられた、食器や紅茶のバッグが入っている棚に手を伸ばす。
「凛さん、紅茶何がいい? アールグレイとかダージリンとか有名なのしか置いてないけど」
同様にカバンを置いた凛さんも、紅茶のバッグの前でうんうんと唸る。
「これがいいです。ジャスミンアールグレイ。紅茶についてはあまり堪能ではないですが、パッケージはこれが一番好きです」
「んじゃあ淹れておくよ。座って待ってて」
一言お礼をもらい、椅子の方へ向かう凛さん。
着席と同時、右のグーを左のパーに当てる先生。
「ああそうだ。そんな事よりもどっちか絵描けないか? 悠が描くはずだったやつが一つあるんだけど、あいつ時間取れないからやっぱ無理だとか言い出してよ」
「私、描けますよ」
「そりゃあよかった。悠の分描いちゃくれないか?」
「内容と期限に寄ります。悠先輩が何を考えているのかわかりませんが、あの人は直前で辞退しそうなので聞くのも少し怖いですが」
確かに悠先輩は何を考えているのかいまいち掴めない人だ。
だからと言って後輩を困らせるようなことはしないはずだし、どうしてもできなくなった事情があるのだろう。
「大当たりだ。期限はなるべく早くとだけ。って言うのも、二年生組が作った曲に載せるイラストが欲しいらしくてな。だから割と期限は適当」
なるほど、この前の紙飛行機はサボっていたわけではなく、悠先輩のイラスト待ちで暇だったわけか。
というか曲作れるんだな、ちひろ先輩たち。
よく見たらちらほら楽器も置いてあるし、あれも先輩たちの物なのかもしれない。
「当の本人たちはどこへ? カバンは三人分あるようですが」
「悠の代わりになるやつを探しに行ったよ。この話をあいつらにしたのついさっきだし、大慌てだったな」
先生はガハハッと笑うが、もうすぐ完成だと思っていたのにそれが遠のくとわかったらやはりショックだろう。
それに、悠先輩の絵をあそこまで褒めていたのだ。
描く人が変わるというのも中々堪える話だと感じた。
二人分の紅茶を淹れ終わり机に運ぶ。
「せんせえ…… やっぱ見つかんないよぉ」
とそのタイミングでドアの方から加奈先輩の弱々しい声が聞こえる。
脇腹を押さえ、青ざめた顔で激しく呼吸していた。
「まあ俺は最初から見つかる気はしてなかったけどな。人探すとか言って飛び出してったの加奈だし」
「は、はあ⁉ ちひーだって悠先輩探してたじゃん! 忙しいって言ってんだからいるわけないでしょバカ」
「二人とも落ち着いてください。もう一度どうするかよく考えましょう」
他にもちひろ先輩、燈火先輩も一緒のようだ。
少し意外だったのは、冷静で頼もしい雰囲気の燈火先輩が焦っているように見えたことだ。
それほど悠先輩の穴は大きく、埋めるのが難しいということなのだろう。
すごく綺麗なイラストをつけてもらえると思っていた分、それに達する人を見つけるのは至難の業だろう。
「その話なんだがな——」
「私が描きます。曲を聴かせてください」
先生の言葉を遮り、食い気味で依頼を受ける凛さん。
その目は輝いているように見えた。
「た、高梨いたのか」
「凛ちゃあああん‼ 描いてくれるの⁉ 絵描けるの?」
まずそこからかという反応のちひろ先輩に対し、加奈先輩は凛さんの手をぎゅっと握り、突然の救済に涙目になっている。
「悠先輩ほどのクオリティは期待しないでほしいですけど、先輩方が良いなら私がやります」
「ありがとうございます、凛さん。これが音源です」
言って、笑顔でスマホを渡す燈火先輩。それを受け取って再生ボタンを押す。
流れてくる音楽はかなりアップテンポで、ちひろ先輩のイヤホンから普段音漏れしてるそれに近いものを感じた。
歌は加奈先輩のようで、広いピッチの変化に難なく対応していてかなり歌唱力が高い。
「……少し時間をください」
抑揚のない声でそう言ってカバンの方へ向かう。
イヤホンとタブレットを取り出し、その場で曲を聴きながら描きだした。
集中モードへ入ったのか、眼光は鋭く、口元は笑っていた。
俺は良い作品ができると確信した。
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