ハブったわけではない、いや本当に

 才能が人を傷つけるという話はよく耳にする。


 ——垂れた唾液にすら気づかず何時間でも没頭できる集中力。

 ——最年少にして記録を塗り替える身体能力。

 ——誰もが気づけなかった事実を定理として確立する頭脳。


 それが切磋琢磨する仲間なら、圧倒的な壁を前に下を向くのも頷けるだろう。

 血反吐を吐き、地を這いずり回り、拷問のような日々に耐えたとしても。

 それでも並ぶどころか、追随すら許されず。

 一瞬でも瞬きをすれば彼方先へ。

 自分にできることは天才よりも時間をかけることくらいだがしかし。

 頼みの綱である時間が経つにつれ、差は途方もなく、大きく深く末無く広がる。

 しかし俺はその逆——他人の才能に助けられる側にいる。


「ほんと、拓斗と同じ高校に入れてよかったよ」

「ほんとな、なんでこの高校は入れたんだ?」

「頑張って勉強したからだろ。部活終わってやることないとか言って一年頑張ってたろ」

「いや陽介の話だよ」

「中学三年間、一度たりともお前に成績負けたことねえわ!」

「あれ、そうだっけ? 図形問題全然解けないとか言ってなかったっけ?」

「……拓斗のことだな」

「じゃあ国語の文章問題で何書いてあるのか分からなかったのは?」

「……最後の模試でそう言ってたな、拓斗が」

「社会と理科で必ずどっちかしか良い偏差値が取れなかったのは?」

「たく…… それは俺だ。運が悪かっただけだ」

「チラチラ教科書の隙間からこっちを見てるのは?」

「凛さんだな」


 場所は教室、時間は昼休み。

 入学してから数週間経ち、クラスの会話が盛り上がってきた頃合いだ。

 俺もよく話す友人が数人できた。

 それでもやはり小学生から付き合いがある幼馴染——辻浦拓斗とは何も構えることなく接することができる。

 窓に背を預けて、何てことの無い話をしていた。


「凛ちゃん‼ どうしたの‼」


 ブンブンと手を振る拓斗。思い切り顔を反対に向ける凛さん。

 凛さんも小学校から同じだが、ろくに話したことも無いのでそういう反応になるのは自明だろう。

 そこからなんと歩いていき、さらに話しかけるのがそう、拓斗の〝才能〟だ。

 この能天気で明るい性格に何度も救われた。

 先も述べたように、良い方に働く場合もあれば、その逆もまた当然あるわけで——


「……いきなりなんですか。私はそっち向いてませんでしたが? 何か用ですか?」

「さすがに無理があるでしょ凛ちゃん」

「ちゃん付けはやめてください気持ち悪い」


 いつかと同じようにキッと鋭い眼光を、その黒髪の隙間から覗かせる。


「ごめんね、見ての通りこいつ他人に馴れ馴れしいとこあるから」

「……いえ、別に。私は何も不快に思っていませんから」


 凛さんって不器用なのかな? 言葉の端に感情が見て取れる気がする……

 おっと、これまでで一番鋭利な視線で突き刺されたぞ。


「さっきこっちを見てた気がしたからどうしたのかなって。気のせいだったみたいでごめんね」

「いえ、見ていました。質問したいことがあったので」

「凛ちゃんやっぱ見てたんじゃん! 質問ってなんだ?」

「……見てません」

「お前は本当に黙ってろ。それで、なんかあったの?」


 拓斗を制し、教科書で口元を隠す凛さんの話に耳を傾ける。

 一呼吸おいて意を決したように、真剣な眼差しに変わる。


「入部してから何週間か経ちましたが、私たちはまだ歓迎会以外で集まっていないんです。『創作部』と言うからには、何か創るものではないでしょうか。何故、あれから一度も活動が無いんですか?」

「あっ……」


 完全に忘れていた。部活メンバーの連絡用グループがあること言うことを。

 確かに一度も来てないなとは思っていた。

 だがいつも放課後はそそくさと帰っていたので、何か用があるのかと思い込んでいた。

 完全に俺の落ち度だ。顔面蒼白で冷汗が主張を強めているのは言うまでもない。


「あっはー‼ 陽介マジかよ‼」

「……どういうことですか、東条さん」


 教科書を机に優しく置き、撫でているその姿が怖い。

 微笑を浮かべていたかと思えば、じっと覗いてくるその真っ黒な瞳が怖い。

 しかしここでの言い訳は愚策‼


「ごめん、実はスマホで連絡取って集まってたんだ。凛さんが悠先輩のとこに行った後、グループに入れてもらって。それを伝えるの忘れてたんだ、ごめん……」

「そうですか、では私も、その…… グループに入れてもらえませんか?」

「あぁ、わかった」


 スマホをカバンから取り出し口元に当て、目を右にそらす。

 ころころと変わる表情に気を取られていると、拓斗。


「俺も入ろうかな創作部。聞いてる限りすごく面白そうなんだよな」

「招待制らしいからどうだろうな。あと入ったら兼部になるし難しそうだな」


 拓斗は入学早々に見つけた他のクラスの友人と新歓でバスケ部の見学をしていた。

 雰囲気も良く、入部を即決したらしい。


「聞いてみますか? 先生に」

「んー、自分で行ってくるよ。他に手間取らせるのも悪いしな。ありがとう凛ちゃん」

「だからちゃん付けはやめてくださいって何度も……」

「よし招待完了! 入ったらスタンプかなんか送っとけば?」

「そうですね。送っておきます」

「じゃあ授業始まりそうだし、俺は席に戻るわ」

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