第94話 《魔女たち》

 シュテラは弟のノクタと両親の四人で、山奥で暮らしていたのだという。

 グレスレア家は全員氷魔法を使えたのに対し、シュテラは魔法が全く使えなかった。2つ離れた弟のノクタが魔法を会得した頃でも、それは同じだったという。


 魔法は、神の加護があれば誰でも扱えるわけではない。もちろん、素質も必要となる。その頃のシュテラは、自分には魔法の素質が無いのだと考え、ノクタが15歳になり魔法学校に入学した頃も家に引きこもっていたのだそうだ。


 魔物の駆除を生業とする父親は、ノクタにばかり手をかけるようになった。母親だけはシュテラを「魔法が使えなくてもできることはある」と励ましてくれたのだそうだ。


 そして、その日がやってきた。


 父親がノクタへ経験を積ませようと、魔物が巣食う洞窟へと連れて行った。しかし、二人は夜になっても帰ってこなかった。


「雨の日でさ。嫌な予感がしたの。魔法が使えないあたしでも、二人を探すことができるかもしれない。母の忠告を無視して、あたしはその洞窟へと向かった」


 そこで見つけたのは、体中を切り裂かれた父の死体と、岩の陰で震えるノクタだった。


 調査した時にはいなかった凶暴な魔物が洞窟の奥に身を潜めており、二人を襲ったのだそうだ。父はノクタを庇い、命を落としたのだ。


 洞窟を出ようとしたその時……二人はすでに魔物に囲まれていた。死を覚悟した瞬間だったという。


「その時のことは覚えていないわ。気がついたら、あたしは魔物たちの死体の上に立っていた。——あたしは、魔法を使って魔物を殺したのよ。あたしは、魔法が使えなかったんじゃない。が使えなかったの。でも、本来魔法は一つの属性しか使えないはず。ようやく気がついたわ。あたしは、魔女なんだって」


 イブキは眉根を寄せた。


「じゃあ、魔女は生まれつきそうなるべくして生まれてくるってこと? なにか、特別な儀式が必要とかじゃなくて」


「そういうこと。あたしだって、魔女になりたかったわけじゃない。魔女は怖がられるし、世界の理から外れている。自分は人間じゃないのかも、って本気で思ったわよ」


 シュテラは、また過去について教えてくれた。


 魔女と自覚した後で、世界の見え方が変わったこと。それは良くも悪くも、だそうだ。

 さらに、魔女としての自分が怖くなり、残った母とノクタから離れたことも教えてくれた。いつかこの強大な力で誰かを傷つけることを恐れたのだ。


「バカ弟は、あたしを恨んでいる。……あたしが出た後、母が病気で息を引き取り、あいつが壮絶な人生を歩んでいただなんて、知らなかったのよ」


 シャルは隣で首を横に振った。


「ノクタ団長は、あなたが生きているとわかっただけでよかったって言ってましたよ。悪いのは姉じゃない。魔女という存在なんだ、って。……団長の魔女嫌いは、そのせいですね」


 シャルの言葉に、シュテラは弱々しく微笑む。まるで辛い思いを飲み込んでいるかのような顔だ。


「あいつが、まさか氷花騎士団の団長になっているだなんてね。あの時はびっくりしたわ。それと同時に、凄いなと思った。魔女は、いくら力があっても認めてもらうことはできないから。力を隠してひっそりと町に溶け込む魔女もいるくらいだしね。でも、魔女は別に悪いことばかりじゃないの。それは、この町のみんなが教えてくれたわ」


 旅を続けていたシュテラは、2年程前に魔女の町の噂を聞きつけた。

 この町には、魔女か、魔女の家族しか住んでいない。シュテラ自身、魔女を怖がっていたがみんな同じ運命を背負っているからか、すぐに意気投合できたらしい。この町では、魔女同士が支えあって生きている。シュテラが魔女でなければ、魔女たちの苦しみはわからなかっただろう。


「……あの子、アリスと出会ったのもその頃ね。アリスは、あたしの子じゃない。ある日、この町の近くの泉で倒れていたの。両親からひどい暴力を受けたみたいでね。魔法が使えない子供なんかいらない、なんて言われていたそうよ。で、その親から逃げてきたってわけ。確かにアリスは魔法を使えないけど——本当に魔法の素質が無いのかはわからない。アリスには他の魔女たちと似たような雰囲気を感じるの。アリスには、あたしと同じ苦しみを味わってほしくない。だから傍にいてあげたいのよ」

 

「魔法が使えないのに、アリスが魔女かもしれないってこと?」


 これはイブキだ。イブキ自身、魔法が使えないのに魔女と呼ばれているから、親近感が湧いたのだ。


「魔女が使う魔法は、別に7属性だけじゃないわ。自分だけの、特別な魔法を扱う魔女もいる。まあ、数える程度しかいないだろうけどね」


 《鎖の魔女》チェインが扱う鎖魔法が良い例だろう。あのドロシーも、なにか扱えるのだろうか?


 シュテラはイブキを眺め、「あなたの魔術は、全然違うけどね」と念を押す。


「《災禍の魔女》も、なにか使っていたそうよ。それが、ヴァーレンジ王国の災厄に繋がったんじゃないのかしら。……ま、後はあなたが思い出すしかないわね」


 シュテラはそこで締めくくった。


 シュテラと会って正解だ。魔女のことについても知れたし、過去の自分についても情報を得ることができた。もちろん、明確な目標も。

 ——みんなの記憶から消えた国、ヴァーレンジ王国を探すという目標だ。そこで《災禍の魔女》の過去が暴けるはずだ。

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