第95話 《欠けた旅路》
――ひとまず、イブキは村の外で待っているテトへ状況を報告しに言った。シャルには、シュテラの家で休んでもらっている。本人は平気そうにしていたが、無理をしないのが一番だ。
門の外まで行くと、テトが膝を抱えて座り込んでいた。……めちゃくちゃ、寂しそうな顔をしていた。イブキに気がつくと、テトが赤髪を揺らして嬉々と立ち上がる。その様子を、先程もいた門兵が微笑んで眺めていた。
テトはスカートを払うと、腰に手を当てた。
「遅かったじゃないっ」
「待つの平気って言ってたじゃん! それに、そんな時間経ってないし」
「うるさい! 草原を眺めてるのも結構退屈なのよ。……で、どうだったの?」
テトの表情が、急に真面目なものに切り替わる。イブキは、シュテラに聞いた内容を全て話すのだった。
話し終えるまで、テトは遮らずに耳を傾けてくれていた。しかし、「ヴァーレンジ王国」の名前を聞いた途端、口元に手を当て「んー……?」と唸り始めたのだった。
「そりゃそうなるよね」とイブキ。「みんなの記憶から消えてるんだから、知らないのも無理はないわ」
一握りの魔女しか覚えていない、というのもどういうことだろうか。もしかしたら、《魔女の茶会》は知っているのかも?
テトはぶつぶつと王国の名前を繰り返している。イブキは不思議に思い、声を掛けた。
「……どうしたの?」
「あたし、知ってるかも」
思ってもいなかった言葉に、イブキはぽかーんと口を開けた。テトのことは信頼しているが、こればかりは冗談だろう。
「いやいや、そんなわけ……」
世界中の人々が忘れているのだ。テトはからかおうとしているのだろう。
テトを見るが……真剣な眼差しで、地面に視線を這わせている。本気でなにかを思い出そうとしているのだ。
「――テト、本当に知ってるの?」
「多分。名前、聞いたことがあるのよ……。もしかしたら、行ったことがあるのかも。あたしが16歳になって、傭兵として旅を始めてから……けど、うーん……」
ケット・シー族は16歳になると、傭兵として旅に出るとは聞いていた。テトは国や町を転々としていたのだ。
「16歳って、今でもそうでしょ? ここ数ヶ月の話ってこと?」
「そう、だと思う。なんか全然、思い出せないけど……」
シュテラから聞いた内容を思い返してみる。ヴァーレンジ王国が滅び、みんなの記憶から消えたのは……。
「シュテラは、1年前に王国が滅んだ、って言ってたわ。ここ数ヶ月の話なら……すでに廃墟になってるはずよ」
「んー……でもあたし、傭兵として雇ってくれる国とか町にしか行かないわよ。滅んでいる国になんて、興味ないし」
そこで、テトは「あっ!」と声を上げた。徐ろに腰のポーチに手を伸ばし、そこから折りたたまれた地図を取り出す。どうやら世界地図のようだ。そこには、点と点を結んだ線が何本か引かれていた。全て繋がっている。線は、西にある小さな島から始まっているようだった。
イブキも思わず声を上げた。
「もしかして、これ……!」
「旅の道のりを、地図に記してるのよ。島を出てから、まずはバーデラって町で護衛の仕事を受けて、次にライカンって国で盗賊団を壊滅させる仕事をして……」
テトは線を指でなぞっていき、ぶつぶつと呟いている。ほとんどが、南の大陸での出来事だ。と、テトの指が止まった。南の大陸近くの海上に、一つ点がある。全ての点に国や町の名前があるのに対し、そこだけ名前が記されていなかった。
首を傾げるテト。そこから、もう一度西の島へと線が繋がっているが……。
「あれっ……こんなところ、行ったっけ……」
イブキとテトは顔を見合わせた。
地図を見る限り、特になんの変哲もない海だ。だが、ここになにかあったのは事実だろう。でなければ、テトが寄るはずがない。
イブキは、にやりと笑みを浮かべる。根拠はないが、そこに行ってみるべきだ。
(これで、まだ先に進める……!)
「テト、これ借りていい?」
「いいけど、早く戻ってきてよね」
「わかってるわよ!」
イブキは小さな手で地図を受け取ると、また町の中へと戻っていく。
草原に風が吹く。テトは胸の前で腕を組み、首を傾げ呟くのだった。
「うーん。なんで覚えてないんだろう……?」
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