第93話 《綻んだ記憶》
《災禍の魔女》が、王国を世界から消した――?
シュテラの言うことが、とてもじゃないが受け入れられなかった。イブキはかすれた声を絞り出すので精一杯だ。
そんなにも《災禍の魔女》の力は強力だったのか。
だが、シュテラの言う「世界から消した」という表現に違和感を感じる。それはつまり、
「……王国は、滅んだってこと?」
「んー」
シュテラは曖昧な返事で濁す。
「滅んだのはそうなんだけど、ちょっと違うのよねぇ。1年ほど前かな。その国の住人たちは全員、《災禍の魔女》に殺されたらしいんだけど……それだけじゃないのよ」
「それだけじゃ、ない……?」
喉がカラカラだ。思考の整理が追いつかない。そんなイブキを見かねてか、シュテラは気を緩めるように息を吐いた。
「その国は、ヴァーレンジ王国って言ってね、滝に囲まれたとても綺麗な国だったの。エネガルムと同じように、司教が住まう塔もあってとても大きな国だった。けれど、それ以外にどんな国だったのか、どこにあるのか、誰も知らないの。あなたも、そんな国があるなんて知らなかったでしょ?」
これはシャルへ向けてだ。シャルも、包帯の巻かれた顔に困惑の表情を浮かべている。シャルは透き通った声で淡々と話す。
「そんなに大きな国なら、みんな知っているはず……。でも、ヴァーレンジ王国なんて聞いたことがないです」
「いいえ。みんなも、知っているはずなのよ。ただ、忘れているだけ」
イブキは眉根を寄せた。シュテラが言わんとしていることが、少しだけわかった気がする。答え合わせをするように、イブキはゆっくりと問う。
「世界から消した」とはつまり……。
「――みんなの記憶から、消えたってこと?」
これには、シュテラも目を丸くした。イブキの答えを予想していなかった、という表情だ。
「よくわかったわね。そう。ヴァーレンジ王国は、滅びたと同時にみんなの記憶から消えた。覚えているのは、わたしのような一握りの魔女だけ。どうして思い出せるのかはわからないけど……思い出せても、ほんの少しだけよ」
ますますわけがわからない。《災禍の魔女》の力によって住人たちは殺され、さらに世界中の人々の記憶から王国の存在が消えただなんて……。イブキ自身記憶が無いとはいえ、そんなことをする必要があったのだろうか。
「わたしは、なんのためにそんなことを……」
無意識の内に、イブキは声を漏らしていた。シュテラは「さあね」と肩をすくめる。
ヴァーレンジ王国へ行けば、その全てがわかるかもしれない。ドロシーとの戦いの時のように、なにか手がかりが見つかるかも。
でも。
(どこにあるかわからないものを、どうやって探すんだ……?)
そもそも、国が見つからないこと自体おかしいのだ。
「あーもう! わけわかんねー!」
イブキは頭を抱え、声を荒げた。隣のシャルは驚いて肩を震わせたが、シュテラは笑っていた。
「まあまあ、《災禍の魔女》さん。……ってか、当の本人が覚えてないんじゃどうしようもないわね」
「こ、この体でやったのかもしれないけど、わたしには記憶がないし」
完全に行き詰まってしまったではないか。
しかし、《災禍の魔女》のことを抜きにしても、まだまだ知りたいことは山程ある。
――そもそも、魔女ってなんなのか、だ。
魔女本人に聞くのもどうかと思ったが、こうするのが一番いいはずだ。みんなに聞いても、魔女は加護なしでも魔法を使えて、みんなか、嫌われている存在だ、としか教えてくれないのだから。
聞いてみると、シュテラは過去を振り返るように窓の外へ視線を向けた。外ではアリスがブランコに座って本を読んでいる。
「案外、魔女ってのも悪くないわよ」
とシュテラは話し始めたのだった。
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