第83話 《本当の自分を ②》



 イブキが話している間、みんなは静観し、そしてわかりやすいくらいに動揺していた。

 異世界からやってきたこと、本当は22歳で仕事に追われる日々を送っていたこと。誰かに屋上から突き落とされ、気づいたら《災禍の魔女》としてこの世界で目を覚ましていたこと……。

 さらに、《紅血の魔女》ドロシーが告げていたコノアという名前や、存在しないはずの記憶も含め、全てを偽り無く伝えた。


 みんな黙り込んでいる。最後まで話し終えると、ドナーが目頭を抑えて唸っていた。


「ううむ……! にわかには信じがたい話だ……!」


 イブキは「だろうね」とだけ肯定する。

 リリスも胸の前で腕を組み、思案していた。


「んー……イブキさんが来る前に、《災禍の魔女》はこの世に存在していた……ってこと?」


「あくまで推測よ。ドロシーの言葉を鵜呑みにするなら、ね。あいつ、《災禍の魔女》の過去について色々知っているみたいだったし」


 とイブキ。


 今度はシャルが落ち着いた声音で告げる。


「まだまだ情報が足りませんね」


「ドロシーも言っていたの。《災禍の魔女》を知りたければ、記憶を辿れ、って……」


「それで、記憶を辿る旅に出たい、ってことですか」


 シャルの問いに、イブキは迷わず頷いた。テトは「イブキが、あたしより年上……?」とぶつぶつ呟いている。


 そんな中、ハーレッドはみんなを見渡した後で、口火を切った。


「――イブキ、お前の力になれるかもしれんぞ」


 みんな一斉にハーレッドへ顔を向けた。突拍子もないセリフに、イブキは目をぱちくりとさせる。

 イブキの代わりにシャルが、


「ハーレッド、どういうことですか?」


 と問うと、ハーレッドは淡々とした口調で続ける。


「聞いたことがあってな。単なる伝説か、噂に尾びれがついただけかと思っていたが……お前以外に、異世界からやってきた人物がいるという話を聞いたことがあるのだ」


「ま、まじで!? 誰よ!?」


 イブキは鼻息を荒くして、身を乗り出す。ハーレッドはそんなイブキを手で制した。


「まあ落ち着け。結論から言うと、俺はその人物を知らない。……しかし、その伝説が生まれた村のことならよく知っている」


「じゃあ、まずはそこに行こうよ」


 イブキの提案を、ハーレッドは「いや」の2文字だけで突っぱねる。


「その村には、俺一人で行くとしよう。ここから距離もあるし、なにより竜人族と深い繋がりがある村なのだ。その村で調査をし、わかり次第合流する。その間に、イブキは《災禍の魔女》の過去を辿ると良い」


 すると、ドナーが感嘆の声を上げた。


「なるほど! それは効率がいいな! しかし、なぜお前はそこまでするのだ!?」


「罪滅ぼし……とは少し違うが、そいつには感謝している。もちろん、エネガルムの皆にもだ。お前たちのお陰で、竜人族は滅びずに済んだ。……ノクタ、お前のことももう恨んでいたりはしない」


「ふん、そーかよ」


 ノクタは、竜人族討伐部隊が結成された時に、レーベと共に竜人族を捕まえたりしていたのだ。

 ノクタが、今度はイブキへ視線を向けた。いつも通り、睨みつけているような目だ。


「……で、《災禍の魔女》の過去を辿るったって、宛はあんのか?」


 イブキの動きが、時間が止まったかのように停止した。そのまま、錆びついた機械みたいにぎこちなく首を動かし、ノクタと目を合わせる。

 ノクタがわざとらしくため息をついた。


「図星かよ。……じゃあ、まずは《魔女の町》を訪ねてみたらどうだ」


「魔女の町……?」


 イブキが首を傾げると、それにはテトが応えてくれた。


「名前の通り、魔女が集まる町よ。まあ、だーれも寄り付かないところだけど。ほら、魔女は……怖がられてるでしょ?」


「テトの言う通りだ。そこにいるシュテラという人物を訪ねてみろ。力になってくれるはずだ」


「シュテラって、団長の……」


 と、シャルとドナーがノクタへ目配せした気がしたが、ノクタは表情を崩さずにジョッキを口へ運んでいた。

 イブキは、ノクタに初めて優しくされた気がして、わざと顔をしかめた。


「なんか、気持ち悪い」


「俺は、ただ真実を知りたいだけだ。半年後に世界を滅ぼす《災禍の魔女》が、なのかをな。お前は魔女にかわりない。それだけは、絶対に忘れるなよ」


「わ、わかってるわよ」


 ――ノクタの話によると、魔女の町はここから西にあるフレセトという大陸にあるらしい。まずは転移ポータルでフレセトの街へ向かう。そこから《霧の谷》を超えた先に、魔女の町はあるのだそうだ。


 ふと、イブキが不安そうに声を漏らした。


「でも、大丈夫なのかな? ストラルンのときは、《星火祭》の招待状があったから入国できたけど、今回はどうするの? ほら、わたし《災禍の魔女》だし……」 


「んなもん、どうにでもなるぜ。……まあ見とけよ。ただし、勘違いするなよ。お前の――」


「はいはい、お前のためじゃない、ね」


 ひとまず、目的は決まった。


 ハーレッドは、もう一人の転生者の伝説を探しに。


 イブキは、テトとともに魔女の町へ向かうつもりだ。

 すると、リリスも手を上げた。


「はい! あたしも行く!」


「駄目よ。認定試験があるでしょ」


 意気揚々と手を上げたリリスを、シャルが一蹴する。と、ドナーがまた重々しい声で唸った。


「ううむ。しかし、イブキとテトの二人だけで大丈夫だろうか。魔女の町は、確か人間以外の種族は立ち入り禁止だったはず……」


「途中まで一緒に行ければ、後は待っといてやるわよ」


 とケット・シー族のテトが頼りになる一言を残す。

 今度は、シャルが透き通った声で、


「団長、私が行きます。私の休暇、残っているはずですよね」


「ああ。怪我のこともあったし、あと数日あるな。……でも、大丈夫なのか?」


「はい。リハビリがてら、イブキさんたちと旅をしてみるのもいいかな、と。……みなさんにはご迷惑をおかけしますが」


 ノクタは予想通りといった表情で笑っていた。しかし、これにはイブキ自身反対だった。


「シャル、無理しないでよ」


「無理なんかしてませんよ。それに……《災禍の魔女》が国を渡るには、誰かしらの付き添いがいるはず。もちろん、テトさん以外に。私は、氷花騎士団の第2部隊隊長です。役職も問題ないでしょう。……そうですよね?」


 話を振られたノクタは、にっと笑って頷く。


「正解だ。じゃあ、付き添いは頼んだぞ。第2部隊のことも心配するな。魔法七星には……まあ、適当にやっておくわ」


「はい。お願いします」


 歯切れのいい返事で済ませたシャルが、今度はイブキの方を見た。整った顔に、ふっと微笑を浮かべ「また一緒にいれますね」と囁いた。……他意がなければいいが。


 それから、みんなは解散した。ノクタとドナーはバーに残ってなにか話をしている。ハーレッドはすぐに出発するべく、準備を整えようと商店街へ向かったのだった。

 イブキとテトは、これから草原の家へと向かう。リリスは「試験がなければなぁ……」と悲壮なる表情を浮かべ呟いていた。


 広場へ着いた頃、隣のシャルがじっと見つめてきた。イブキは身の危険を感じ、その場を飛び退く。


「な、なに」


「いえ。イブキさん、本当は私と同い年くらいなんだなーと」


 とシャル。


「確かに、見た目に反して、しっかりしてますもんね」


 これはリリスだ。


 イブキはシャルの視線を受け止め、一番聞いてみたかった質問を投げた。


「わたしが、本当の幼女じゃなくてがっかりした?」


「そんなことありませんよ。むしろ、それがいいというか……だって、かわいいイブキさんには、変わりないじゃないですか……。えへへ」


 シャルの美人顔が、とろけたようなダメ顔に変わる。手を伸ばされ、イブキは全力で逃げ出したのだった。


(だめだ! やっぱビョーキだ!!)



 ――《災禍の魔女》の記憶を辿る新しい旅の始まりを祝福するように、夜空には満点の星空が広がっていた。




【星火祭 完】






 






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