第82話 《本当の自分を ①》
「――と、いうわけで!」
とリリスが第一声を上げた。
今、イブキたちは古びたバーにいた。木の内装や木樽、暖色のランプが心地よい雰囲気を作り出している。今夜は貸し切りで、イブキたち以外の客は見当たらない。カウンターに店主がいるだけだ。
リリスが木のジョッキを掲げる。中身はジュースだ。
「イブキさんも帰ってきたことだし! ハーレッドさんも久しぶりだし! テトさんも仲間に加わったし! とりあえず、乾杯しましょー!」
おー! とみんな声を上げる。声を挙げなかったのはテーブルに頬杖をついているノクタと、口元をひくつかせているイブキだけだった。
それから宴が始まった。店主が美味しそうな肉料理や、スープ、サラダを持ってくる。みんながそれに群がっている間、イブキは隣のドナーへ耳打ちをした。
「……なんで、歓迎会になってるのよ?」
「わからん! 俺が伝え間違えたみたいだ!」
「バカじゃん……」
イブキが集めてほしい、と告げたメンバーは、フィオを除いてみんな集まっていた。大司教のフィオは、やはりあの塔を出ることは簡単に許されないのだろう。初めて会った時も、魔術を使って無理やり侵入したのだから。
イブキはジョッキを口元まで持っていき、店内を見渡す。
テトは、シャルやリリスに囲まれ質問攻めを受けている。今は、猫耳を触らせて! とお願いされているみたいだ。
ハーレッドは、店主の知り合いが竜人族にいるみたいでそのことについて話している。ドナーはイブキの横で肉を頬張り、ノクタも負けじと料理にありついていた。
「でも、よくこんな良いお店貸し切れたわね」
イブキの問いにドナーが答える。
「ここを手配してくれたのは団長だ! 団長は、ここの店に何年も通っているらしくてな!」
「へえ、ノクタがねぇ……」
イブキはからかうような笑みを浮かべ、ノクタへ視線を向けた。ノクタが、わざわざこんなことをしてくれるような人物に見えない。
ノクタは口の中の肉を酒で流し込んでから、イブキの視線を受け止めた。
「別にお前のためじゃねぇぞ、《災禍の魔女》」
「ふん。団長様はいつも機嫌が悪いわね」
互いに顔を逸らし、イブキはシャルたちの元へ向かう。どうやら、新しく仲間入りしたテトも楽しくやれているみたいだ。
「楽しんでるみたいね、テト」
イブキが空いている席に腰掛けると、テトはシャルたちに猫耳を撫でられながら恥ずかしそうに笑った。
「あんたの友達、良い人ばかりね」
「まあね、自慢の友達よ」
すると、シャルが酒を一口飲んでから、イブキへと向き直った。
「イブキさんも大変でしたね。《星火祭》について、聞きましたよ。あの《紅血の魔女》と戦ったって。他の大陸でも、そのことについて持ち切りみたいです」
なんと。すでに世界中まで情報が行き渡っているとは。
(情報網ってこえー)
とイブキは内心呟きながら、
「結局、《星火祭》は全然楽しめなかったわ。でも、戦闘イベントは良いところまで行ったのよ! わたし、優勝候補だったし!」
嬉しそうに話すイブキの頭を、シャルが撫でてくる。顔が少し赤い。
「えらいえらい。イブキさんなら、絶対大丈夫って信じてましたよ」
そして、えへへーと表情を崩す。
「――お姉ちゃん、酔ってる?」
とツッコミを入れたのはその妹のリリスだった。どうやらシャルはお酒に弱いらしい。まだ2、3口しか飲んでいないような……。
リリスにお酒を取り上げられたシャルは、仕方なくジュースを飲み始めたのだった。
「あっ! あとイブキさん、これ」
リリスが、床から徐ろに紙袋を持ち上げ、そこから真紅のローブを取り出した。
イブキがリリスへお願いしていたものだ。内側につけられていた防寒素材は取り払われ、元の状態へと戻っている。
「ありがと、リリス。やっぱり頼りになるわね」
「これくらい、朝飯前ですよぅ!」
そしてリリスは、大げさに胸を張るのだった。
それから1時間ほど、料理を食べながら談笑を交わした。と、全ての料理が平らげられたところで、ドナーが大きく咳払いをした。
「こほん!! みんな、いいだろうか!!」
一斉にドナーへ視線が向けられる。
「実は、今回集まってもらったのは、歓迎会だけではない! イブキから、伝えたいことがあるみたいなんだ!」
ドナーがイブキへ目配せをし、それから店主の方を見る。すると、店主は気を使ってくれたのか、席を外し外へと出てくれた。
イブキは立ち上がり、みんなの前へと立った。今でも、言うべきなのか迷っている。けれど、《災禍の魔女》の過去を探るには、必要なことだ。みんなにも、本当の自分を知ってもらいたい。
イブキはみんなの視線を受け止め、一度深呼吸をした。どきどきしている。みんながどういう反応を取るのか、正直怖い。
「……信じてもらえないかもしれないけれど」
と、イブキは話しだした。みんなの頭上に「?」が浮かび上がっている。
そして勇気を振り絞り、ありのままを語りだすのだった。
「わたしの名前は、
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