第70話 《同じ声、同じ顔》



 《紅血の魔女》ドロシーが片手を振り払うと、その正面に漆黒の鎌が現れた。ドロシーの背丈よりも遥かに大きい。鋭い刃が月光を照り返し舌なめずりをしているようだ。

 ドロシーはその鎌を手に取ると、地面を這うようにして距離を詰めてきた。


「……っ!」


 イブキは息を飲んだ。すでに、鎌の射程距離内まで詰められている。とてつもない疾さだ。


 ドロシーは駆け出す直前、自らの足元で風魔法を爆発させ、勢いに乗って自らの疾さを倍増させたのだ。


 ドロシーが流れるような動きで、巨大な鎌を振り払ってくる。

 イブキは、向かってくる鎌めがけ、右手を突き出す。鎌とイブキの手の間に、魔術の障壁が出来上がった。

 

 バチィッ! という弾けるような音が鳴り響き、振り払われていた巨大な鎌が障壁によって防がれる。

 右手で鎌を防いだまま、イブキは魔術『動体視力向上』と『身体能力向上』を発動させる。そして、障壁を展開していた右手に、より一層魔力を流し込んだ。


 イブキの首元のタトゥーが、真紅の輝きを増す――。


 すると、ドロシーの鎌が音を立てて粉々に砕け散った。イブキは、反撃を試みようと魔力を練り上げる。


 通常の相手なら、得物を失った時点で距離を取るはずだ。しかし、目の前の少女は違った。

 砕けた鎌の破片は、まだ宙に浮いている。ドロシーが指を少し動かすと、その欠片たちが鋭いナイフへと変化した。それらが一斉に、イブキへ向かって放たれる。


 驚きはしたが、これくらいの攻撃なら躱すことは容易い。……しかし突然、放たれていたナイフが目の前から消えた。


「え……っ!?」


 その直後、イブキは背後から風切り音がしたのを聞き逃さなかった。瞬時に振り返ると、ドロシーのナイフが、いつのまにか背後から向かってきていた。

 ドロシーは、転移魔法を利用し、放ったナイフをイブキの背後へ転移させたのだ。


 イブキは瞳へ魔力を集中させる。そして向かってきていたナイフ目掛け、「落ちろ」と念じる。と、ナイフたちは真下へ軌道を変え、地面へと勢いよく突き刺さった。


 まだだ。ドロシーが元いた場所へ視線を戻す。が、そこに彼女の姿は無かった。


「ここですよ」


 声の方向へ視線を向けると、城の屋根の上にドロシーが立っていた。赤と青の瞳で、イブキを優雅に見下ろしている。


 イブキは間髪入れずに、自らの体の周りに魔力で象った剣を数本召喚する。そしてそれをドロシー目掛け撃ち放った。


「ふふ」


 ドロシーが口元に微笑を浮かべる。笑みの意味を、イブキはすぐに理解した。勢いよく放たれた魔力の剣は、全てドロシーへ到達する前にに突き刺さった。それは、「死体」だった。地面に転がっていた《星火祭》招待者の死体を、ドロシーは風魔法で浮き上がらせ、それでイブキの攻撃を受け止めたのだ。


「いやっ……!」


 イブキは目を背けた。すでに息を引き取っているとは言え、その肉体をイブキは傷つけてしまったのだ。正面で、どさっという重い音がする。視線を戻すと、死体は地面に落ち、ドロシーは変わらず嫌らしい笑みを浮かべていた。


「あら、もう攻撃してこないのですか? では……今度は、あちらにしましょうか」


 ドロシーの視線の先を辿っていくと、城下町へ続く坂がある。そこに、人だかりが出来ていた。戦闘音を聞きつけ、街の住民たちが集まってきたのだ。

 右手を、その集団へ向けるドロシー。魔法を放つつもりだ。


「させないわ!!」


 イブキは覇気とともに、魔力を解き放つ。と、この城周辺を取り囲むように、ドーム型のバリアが展開された。もちろん、街の住民たちはバリアの外だ。これで、ドロシーは住民たちへ手を出せまい。


「……邪魔ですね」


 ドロシーが、住民たちへ向けていた手を下ろす。坂の集団は、イブキとドロシー、地面へ転がる死体をそれぞれ見返し、困惑しているようだった。


「……どうして、そんな簡単に誰かを傷つけられるの?」


 イブキの問いに、ドロシーは首を傾げる。


「さあ? なぜでしょうね」


 ふざけた回答だ。

 イブキは周囲に視線を巡らせる。テトとチェインの姿が見当たらない。

 そんなイブキの胸中を覗き見たかのように、ドロシーが応えた。


「チェインたちは、転移魔法で街の方へ向かいましたよ。あのケット・シー族の少女も、すぐに殺されることでしょう」


「ふん、なにも知らないくせに。テトは強いわよ」


 ……多分。と付け加える。テトが戦っているところを見たことがないのだから、仕方ない。


 イブキはそこで、一番訊きたかったことを訊くことにした。


「……あなた、わたしのこと知っているのよね? この、《災禍の魔女》のことを」


「ええ。あなたのことは知りませんけど、《災禍の魔女》のことは良く知っています」


「《災禍の魔女》ってなんなのよ! それに、さっき言ってた《コノア》って誰? なんで、わたしは、あなたのことを覚えて……」


 頭がずきずきと痛む。なにか、抑え込まれた記憶の箱を、無理やりこじ開けようとしているみたいだ。


 イブキが呻くと、ドロシーは目を細めた。


で、無様な姿を見せないでください。ボクたちの邪魔なんですよ、あなた」


 イブキの頭痛が治まる。考えるのはやめだ。目の前の《紅血の魔女》を倒して、聞き出すしかない。


「あなたには、聞きたいことがいっぱいあるわ。ぜってー、ぶっ倒してやる!」


 いつも通りの、幼女姿に似合わない口調で、ドロシーへ吐き捨てる。


(こっちは、わたしがなんとかする。……テト、あなたも絶対勝ってよね――)



 


 



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