第61話 《2位》



 ――翌日。

 《星火祭》2日目。



「昨日の、あんたがやったの!?」


 テトが身を乗り出して問いかけてくると、イブキはびくっと肩を震わせた。そのまま少し硬直し、


「えっ、まあ、うん……」


 とだけ応える。


 今、イブキとテトは広場のベンチに腰掛け、露店で買ったサンドウィッチ(具は不明)を食べていた。せっかくの旅だ。朝の散歩ついでに、広場へと立ち寄っていたのだ。


 広場では、1日目を勝ち抜いた者の名前が、巨大なボードに刻まれていた。そこには、イブキの名前と、テトの名前もあった。テトは、《剣聖術》は使わず、持ち前の身体能力だけで逃げ切ったらしい。


 そんなテトは、サンドウィッチを口元へ運びながら、時計塔の方を眺めている。


「でも、よくそんなこと思いついたわね。ふつー、ありえないって。どんだけすごいのよ、魔術は」


 確かに。あれは、魔術を使えるイブキだからこそ、思いついた作戦だろう。だがこの先、あんな都合の良いことばかり起きるわけがない。あの時、とっさに思いついていなかったら、イブキは捕まっていたのだから。


(もっと、戦闘経験を積まないと……)


 《紅血の魔女》のことが脳裏をよぎる。このままで、最強の魔女からみんなを守ることなんてできるのだろうか……?


 視線を落とし考え込むイブキに、テトが気がついた。サンドウィッチの最後の一欠片を口に投げ込んで、テトが首を傾げる。


「なに、考え込んでんのよ?」


「へ?」


 イブキは顔を上げ、思考を切り替えた。気が付かない内に、深く考えすぎていたらしい。イブキもまた、サンドウィッチを頬張って答えた。


でんでん、もんばいなひほ全然、問題無しよ


 聞き取れていないっぽかったが、テトはニュアンスで感じ取ってくれたらしい。


「ならいいけど! あんたを……《災禍の魔女》を倒して、あたしの実力を世界中に知らしめてやるんだから。三日目まで、ちゃんと勝ち残りなさいよ」


 イブキは口の中の物を飲み込む。


「望むところよ。わたしが、負けるわけねーし」


 これは本音だ。あの社畜時代と比べれば、こんな《星火祭》の戦闘イベントなんか大したこと無い。


 テトは、猫耳をぴょこんと動かし、挑戦的に笑った。


「でも、まずは優勝候補として1位にならないとね」


 テトの目線の先には、1日目を勝ち抜いた者の名前が刻まれたボードがある。よく見てみると、名前の左側に数字が書いてあった。イブキは『2』で、テトは『5』だ。


「なに、あれ?」


「誰が優勝するか、賭け事をしているのよ。優勝候補としての人気順が、あんたは2位、あたしは5位ってこと。まっ、3日目にはあたしがトップになってるわよ」


「競馬みたいなものか……」


「けーば?」


「な、なんでもない」


 うっかり声に出してしまい、イブキは慌てて誤魔化す。競馬をしたことはないが、そのシステムくらいは理解しているつもりだ。


 イブキが2位の理由として、《災禍の魔女》という肩書が影響しているのは明らかだ。テトは《剣聖術》を使っていないし、本当の実力をみんな知らないのだろう。もちろん、イブキ自身も知らないが……。


 1位は、『グライファルト』という名前だった。


「1位の人、誰?」


「前回の《星火祭》戦闘イベントの優勝者だってさ。あたしも今回が初参加だし、全然知らないけど……」


「強いのかな?」


「さあね。強いから、優勝候補なんじゃないの」


 昨日のオーガごっこでは、参加者と出くわした場合、基本的に逃げていたので印象に残っているものなど一人もいない。

 次の――今夜の戦闘イベントでは、戦うことになるかもしれない。昨日以上に、気を引き締めないと……。


 すると。


 ――突然、街全体に国王の声が響き渡った。街のみんなが、条件反射のように城の方へ視線を向けている。


『昨夜はよく眠れたかな、皆さん! 今から、今夜の戦闘イベントの内容を発表する!』


 イブキとテトは顔を見合わせた。覚悟はできている。緊張はしているが、わくわくもしている。不思議な感覚だ。


 そして、街中のスピーカーから、国王の次の言葉が聞こえてくる。


『今回は、切り立つストラルン山で、朝までサバイバルをしてもらう!! 参加者は一人一つ、魔法水晶を持ってもらう。それを朝までに3つ集めた者が、3日目へ進むことができるのだ! 集合時間は夜の7時! 場所は南門だ! もちろん、山中に仕掛けた監視水晶によって、戦闘状況は中継される! みんな、楽しみに待っていてくれ!』


 そうして、国王のアナウンスは途切れた。

 山の中で、サバイバルだって?


 テトはやる気満々だ。しかし、イブキは違った。顔を青ざめさせ、頬を引きつらせている。


「どうしたの、イブキ」


 テトが心配になって訊いてくるが、イブキの耳には届いていない。


 山の中。つまり、虫がいる……。


 イブキは、虫が大の苦手なのだ……。


 





 




 

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