第60話 《1日目 オーガごっこ ③》
その後も、イブキは魔術を駆使して他の参加者やオーガ役の兵を上手く撒いていた。戦闘になりかけたこともあったが、ここまではなんとか避けることができている。
――残り時間もあとわずかまできた。国王は、「時計塔の鐘が鳴ったらゲーム終了」と言っていた。あと二十分ほどで、タイムリミットだ。
捕まった合図が、すでに20回以上も鳴り響いた。人数が少なくなっている分、オーガ役の兵たちのヘイトは、他の参加者へ向けられることになる。
数人のオーガ役の兵に追われ、イブキは西の通りへ逃げ込んだ。
魔術で敏捷強化を行っているため、逃げるのは苦ではない。ただし、30分以上前からずっとこの調子で、体に反動がくるのも時間の問題であることはイブキも悟っていた。
西の通りへ入った途端、イブキは正面の状況を瞬時に把握した。
十数人の兵たちが、イブキを待ち構えていたのだ。このまま突っ込めば、簡単に捕まってしまうのは明らかだ。
イブキは、囲まれる前に壁を駆け上がり、雪の積もる民家の屋根へと乗り移った。テトが最初にやって見せたものと同じ動きだ。イブキの場合、魔力を靴裏に集め、壁を登れるよう滑り止め代わりにしたのだ。
眼下で群がる兵たちを見下ろし、その後で他の脅威がないか周囲へ意識を張り巡らせる。
さっきも、屋根伝いに走っていたら、いきなり兵たちが風魔法で飛び上がって来たのだ。
(人の集まる広場の方には逃げられない。テトのやつ、ちゃんと逃げ切れてるのかな……)
ローブに降り落ちた雪を払い落とし、イブキは一瞬だが気を抜いてしまった。
その瞬間、眼下にいた兵の内の二人が魔法を発動させた。一人は火属性、もう一人は水属性だ。互いに、火の玉と水の塊をイブキ目掛け放ってくる。
と、それらがぶつかり合い、イブキの正面で爆発を起こした。イブキを吹き飛ばすほどではない。しかし、水蒸気が巻き上がってイブキは視界を奪われた。
(……来るっ!)
それが合図であることは、イブキも理解していた。その直後、風魔法で勢いよく飛び上がってきた兵たちが、水蒸気を突っ切って襲いかかってきた。
イブキの反応が一瞬遅れる。これが狙いだったのだろう。さすがは訓練された兵たちだ。統率もしっかり取れている。
一人がイブキの肩へと手を伸ばしてくる。それをかがんで避けると、今度は別の兵が足を掴もうとしてきた。イブキはバックステップでそれを避けるが、雪の積もった屋根のせいで体勢を崩してしまう。
イブキが足を滑らせ膝をついたのを好機とばかりに、別の兵が氷魔法『アイシクル・エリア』を発動させた。足元が一瞬にして凍り、イブキはその場から身動きが取れなくなってしまう。
だが、イブキは幼女らしい顔つきに似合わない、冷静な表情をしていた。屋根に飛び乗ってきた数人の兵たちをじっと眺めている。
正面にいた男が、イブキへ拍手を浴びせる。
「小さいのに、よくやりますね。私たちが束になって、ようやく拘束できるとは。あれは、魔法ではないですよね。魔術、ですか?」
あれだけ連発していたら、バレるのも当たり前だ。イブキは、ふーっ、と息を吐いた。
「そうらしいわ。正直わたしも、よくわかってないけど」
「世界に一人の魔術使い、ですか。興味がありますね。でも、まずはこれで終わりにするとしましょう。魔女とはいえ、あまり小さな子をいじめたくありません」
男が、イブキを捉えようと歩み寄ってくる。イブキは、勝利を確信しにやりと笑った。
「確かに。これで、終わりにしましょう」
イブキが、遠くにある時計塔へ向けて右手を伸ばす。時刻は、20時50分。鐘が鳴るのは、丁度21時だ。本来であれば、あと10分経たないと、タイムリミットはやってこない。
繰り返すが、国王は「鐘が鳴ったらゲーム終了」だと告げていた。イブキの魔術は時間を操ることはできない。だが、時計の針を操ることならできる。
イブキが右手に魔力を込めると、時計塔の針が振動し始めた。まるで、故障でもしたかのようだ。すると、時計の針が先へと進んだ。また一つ、また一つ、と針が進んでいく
そして――。
――ゴーンッ!
という鐘の音が、時計塔から放たれた。見れば、時計の針が丁度21時を指している。
イブキを捉えようとしていた男が、目を見開いて唖然としていた。他の兵たちも、動揺していた。
「そんな!! タイムリミットは、まだのはずなのに……! まさか、時計塔が故障したか?」
イブキが答える必要もない。別の兵が、狼狽えた様子で時計塔の方を指差している。
「お、俺、見ました。時計の針が、勝手に動いて……。多分、それをやったのは……」
全員の視線が、イブキへ釘付けになる。イブキは形勢逆転し、「ふふん」と鼻を鳴らした。
「幼女さんも、案外やるでしょ?」
遠くで鐘が鳴り響いている。国王のアナウンスによると、理由はどうであれ「鐘が鳴った」のでオーガごっこは終了のようだ。最初からやっていれば、オーガごっこはすぐに終わっていたかもしれない。だが、アイディアが浮かんだのが、ついさっきだったのだ。
街全体が歓声に満ち溢れる。逃げ切った者は、広場へと集まるよう告げられた。
正面の兵たちは、現実を受け止めきれていないらしい。イブキは立ち上がろうとして……「む」と顔をしかめた。
「ええっとぉ……この氷、解いてくれない?」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます