第59話 《1日目 オーガごっこ ②》



 広場へ向かうと、招待状を持たないエントリー者もたくさんいた。

 エントリー人数は合計で、50人ほど。

 広場やメインストリートに溢れかえっていた人々は、一斉に脇道へとどけて、道を開けるようにしている。


 この広場からは四方に道が伸びている。イブキとテトは、メインストリートを選んだ。


 参加者は全員、イブキを少なからず意識しているようだった。さっきだって、「どんな魔法を使うのか」「どこから来たのか」「どうやって予言を覆したのか」質問攻めにあっていたのだ。


 どうやら《災禍の魔女》が魔術を使うという噂は、まだ広まっていないらしい。


 ふと、城の塔にいるはずの国王の声が広場まで聞こえてきた。


『それでは、カウントダウンの後で、オーガごっこを開催する!』


 オーガが追いかけてくるのは、参加者が逃げてから1分後だ。それまでに、どれだけ距離を離せるのかが鍵になりそうだ。


 イブキは雪空を見上げた。鬼ごっこをするのなんて、何年ぶりだろうか。


『5!』


 カウントダウンが始まり、参加者全員の顔が真剣なものに変わる。ギャラリーは、今か今かと興奮を胸中に滾らせているようだ。


『4』『3』『2』『1』……。


 隣でテトがにっと笑った。


「せいぜい、頑張りなさいよ」


 そして、国王の『スタート』の声が上がり、オーガごっこは幕を開けた。


 歓声が街を揺るがす。最初に走り出した男が、メインストリートへ入った途端にいきなり氷魔法を発動させた。みるみるうちに、道を塞ぐように氷の壁が出来あがる。


 高さは3メートルほどか。


 隣にいたテトが、体勢を低くして地面を踏み蹴った。弾かれた様に前へ飛び出し、なんと民家の壁を忍者のように駆けていく。

 そのまま氷壁を飛び越えることもできただろうが、テトはわざと氷の壁の上に着地してみせた。そして、イブキや他の参加者を見下ろしている。


「あたしが、ケット・シー族のテトよ! 覚えておきなさい、凡人ども!」


 わはははーと腰に手を当てて高笑いをしている。その後で、氷壁の奥へと駆け出して行った。


 魔術なら、この氷壁くらいは破壊することができる。イブキの首元のタトゥーが真紅に輝き始めた、その直後。


 背後から、火の球が飛んできて氷壁を砕いた。イブキは危うく巻き添えを食らうところだったが、火の玉を放った張本人は、そのまま先へと進んでいってしまう。他の参加者も、好機とばかりにイブキを追い越していった。

 結局、イブキが最後尾だ。


「……なるほどね」


 妨害もなんでもありということか。


 と、広場の方でサイレンが鳴り響いた。どうやら、オーガ役の兵が放たれたらしい。


 イブキは走り出したが、このままでは捕まるのも時間の問題だ。相手は大人、こっちは幼女。基礎的な身体能力で勝てるわけがない。


 ただし、イブキには魔術がある。


 イブキは、魔術を使ってそこら中にある雪をかき集め、さっきの氷魔法のような壁をイメージする。すると、雪が勝手に積み重なっていき、メインストリートを遮るように壁ができ始めた。


 観客たちが、一斉に声を上げる。どうやら、まだなにかの魔法だと思われているらしい。


 イブキは壁が完成するのを待たずに、門の方へ向けて走り出した。とりあえず、オーガ役と距離を空けておきたい。


 メインストリートを挟むように並ぶギャラリーたちが、腕を振り上げイブキへ声をかけている。


「いいぞー、お嬢ちゃん!」

「さすが魔女だな!」

「そのまま逃げ切れー!」


 強制参加させられた人の気も知らないで! と罵倒しそうになるが、どうにか堪える。見た目は幼女でも、中身は大人なのだから。


 どうにか門前まで来ると、イブキは他の道も確認した。前を走っていたはずのみんなの姿はすでに見えない。何度か、短いサイレンが響き渡っているところを見ると、何人か捕まっているようだ。


 イブキは、メインストリートから離れ、東へ続く道を駆けていった。途中で路地裏へ入り、軽く息を整える。


「なんで、わたしがこんな目に……」


 未だに受け入れきれていない思いを言葉に乗せて吐き出す。口を尖らせ、ぶつぶつと文句を言い続けている。

 と、正面の曲がり角から誰かが現れた。どうやらイブキを待ち伏せしていたらしい。オーガ役の兵かと思ったが違った。

 

 青い髪をつんと逆立てた青年だ。イブキが身構えると、青年も腰を落とした。


「《災禍の魔女》と手合わせできるなんて、光栄だ。俺の名前は――」


 イブキが指を鳴らすと、真横の壁を伝っていた鉄パイプが、蛇のように身をねじりながら青年へと向かっていった。青年はぎょっとしたが、なすすべもなく鉄パイプに体を拘束された。


 これもイブキの魔術だ。青年は、名乗ることも許してくれないイブキへ抗議しようとしていたが、すぐに体の力を抜いた。このままでいれば、彼がオーガ役の兵に捕まるのも時間の問題だ。イブキ自身もそのリスクがある以上、早くこの場所を去りたい。


「すごいな、《災禍の魔女》は……。俺は、貧しい村で育ち――」


「絶対、話長くなるやつだよね?」


 イブキは腰に手を当て、呆れてため息をついた。

 この調子なら、他の参加者にも負けそうにない。




 


 



 


 


 

 

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