第58話 《1日目 オーガごっこ ①》
坂を駆け上がった先には、城の庭が広がっていた。全面芝で出来ており、奥まで続いている。まるでサッカーグラウンドや、ゴルフ場みたいだとイブキは唖然としていた。
そこには数え切れないほどの人々がいる。全員招待状持ちの人らしく、城の方を眺めている。
イブキとテトは足を止めると、みんなにならって城の方へ目を向けた。城の奥には塔がある。その最高部に、誰かが立っていた。
イブキは魔術を使って視覚補正、『暗視』と『望遠』を発動させる。長い髪の中年男性だった。綺羅びやかな服を身に着けており、わかりやすく王冠を被っている。彼が、この国の王様なのだろう。
花火が止むと、その男性が声を張り上げた。
『よくぞこの街へ集ってくれた!!! 私はストラルン国王のダンだ!! 《星火祭》の間はよろしく頼む!!』
声は果まで響いていく。城下町の方でも、歓声が湧き上がっているようだ。
『星火祭は、予定通り四日間開催する! ただし、本来であれば初日はパレードを行うが、今回は違う!』
その言葉に、城の庭にいた者たちがどよめき始めた。国王はその反応を待っていたと言わんばかりに、頷いている。
『だが、ご安心を。理由はちゃんとあるぞ。今回は、とんでもないゲストを呼んでいるのだ!』
国王が手を振り払うと、イブキのいる場所が光で照らされた。イブキは国王を見上げたまま、目を瞬かせている。
スポットライトを浴びているのは自分だと、遅れながらに理解したのだった。
「ふぇ!?」
情けない声を上げるイブキ。周囲の視線がイブキへ突き刺さる。『どこの貴族だ?』とか『あんなに小さい子が?』だとか、疑心の声も聞こえてきた。
『その方は、なんと《災禍の魔女》なのである! みんなも聞いているであろう、半年後に世界を滅ぼすと予言されている存在だ……。しかし、彼女はエネガルムが炎上するという予言を、なんと覆してみせたのだ!!』
国王が大げさに声を張り上げると、周りの人々の視線は畏怖と尊敬の入り混じったものへと変わった。距離を取る者、感嘆の音を漏らし歩み寄ってくる者、様々だ。
『みんなは、リムル神の予言を覆すほどの《災禍の魔女》の力を見てみたいと思わないか!?』
何人かを除いて、貴族たちは声を上げて賛同する。イブキだけは、なにが起こっているのかさっぱりわかっていなかった。
こんなに人々に注目されたのは初めてだ。
(め、めちゃくちゃ恥ずかしい……っ!)
『そこで、私は考案したのだ! 1日目、2日目、3日目を《戦闘イベント》とし、4日目にパレードを開こうとな! 私は、早く《災禍の魔女》の実力を見てみたいのだ!!』
(せんとー……イベント?)
みんなが盛り上がっている中、イブキはテトへと問いかけてみた。
戦闘イベントとは言っても、本気で戦うものではないらしい。ここでようやく知ったのだが、《星火祭》はパレードの他に戦闘イベントというものが存在している。例えば勝ち抜きや、チーム戦など、様々だ。
立ち位置的には、あっちの世界でお父さんが見ていたプロ野球や、プロレスみたいなものだろうか……とイブキは過去を思い返す。
一種のエンターテイメントだろう。
ただし、戦闘イベントの参加者は、招待状を持っている者も持っていない者も関係ないらしい。事前に、エントリーが必要みたいなのだが……。
『もちろん、《災禍の魔女》の分は私が勝手にエントリーしておいた!』
と国王。
(勝手なことしてんじゃねーよ!! なにしてくれてんだ!!!)
声に出さなかっただけマシだろう。
さっそく、国王が戦闘イベントを開始するという。イブキは生唾を飲み込んだ。どんなお題が来るのかまったくわからない。
1日目の戦闘イベントは――。
『オーガごっこだ!!』
イブキは「ん?」と眉根を寄せた。オーガごっこ? オーガって、あの怪物の?
国王は説明を続ける。
場所は城下町。
相手を殺したり重症を負わせない限りは、魔法を使っても良い。
城の兵たちがオーガ役で、タイムリミットまでに逃げ切れたら逃げる側の勝ちだという。そして、その勝者が2日目の戦闘イベントへと進めるのだそうだ。
つまりは、元の世界でいう鬼ごっこだろう。なるほど、鬼→オーガときたか。
制限時間は2時間。時計塔の鐘がなったら、このゲームは終わる。
オーガ(鬼)は100人もいるらしい。この広い街なら、この人数も妥当だろう。
『さあ、準備を始めるとしよう!! 参加者は広場まで集まるが良い!!』
国王は最後にそう締めくくった。湧き上がる歓声が、ストラルンの街全体を揺るがす。
先に、エントリーをしていた他の招待者が坂道を下って広場へと向かっていく。
イブキは国王をわざと睨みつけてから、仕方なく足を進めた。
その隣には、テトがいた。テトもまた、広場の方へと向かっている。
「あたしも、エントリーしてるのよ。ケット・シー族の名に掛けて、あなたには負けないからね」
テトは余裕の表情を浮かべて、イブキの肩をぽんと叩く。
街中に設置された監視水晶を使って、鬼ごっこはストラルン内で中継されるらしい。《災禍の魔女》として、みっともない姿だけは見せられない。
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