第57話 《星火祭、スタート》
次の日。
朝がやってきても、イブキは部屋を出なかった。代わりに、まだ雪が降り続ける空を窓から眺め、考え事を始めていた。
エネガルムを出る直前、ドナーが言っていた事が気になる。
《
イブキの魔術は、この世界において無敵に等しい。それはイブキ自身も理解していた。
竜人族の力を手に入れた魔法七星のレーベでさえ、イブキは完封してみせた。大抵の魔法使いなら、簡単に倒せるはず。だが、ドナーがあれだけ念を押してきたのだ。《紅血の魔女》は、魔法七星よりも手強いのだろう。
「最強の魔女……か」
イブキは、幼女姿に似合わない落ち着いた様子で言葉を零す。
《紅血の魔女》は最強の魔女だと言われている。どんな魔法を使ってくるのか知らないが、あの《鎖の魔女》チェインも、属性魔法を複合させて鎖魔法という独自の魔法を扱っていた。《紅血の魔女》にも、なにか特別な力や魔法が備わっている可能性もある。
魔術は、この世の森羅万象に関与できる、無敵の能力だ。しかし、それを扱うイブキ本人は、まだまだ素人だ。一人前の魔術師を名乗るには、程遠い。
(お手本も目標も無いしなぁ……)
この世界で、魔術を扱えるのはイブキのみだ。『魔術入門編』~『魔術上級編』までの本があれば別だが……。
魔術は、冷静な思考や思考スピードが大切だと、イブキは感じていた。もっと、複雑なこともできるようにならないといけない。
例えば――。
イブキは窓から離れ、部屋の方へ向き直った。
意識を集中させ、テーブルの上にあるコップを浮かべる。これは簡単だ。『浮け』と命じるだけでいい。
今度はコップを逆さまにした。中に入っていた水が溢れる……が、それも魔術で受け止めた。球体の状態で浮いている水を、魔術で自分の方へと持ってくる。浮いていたコップは、テーブルに置き直した。
ゆっくりと引き寄せられる水へ、輪を作るよう念じる。これも、歪だが作ることができた。今度は星型を作ってみたが、これもできた。
今、イブキは右手と左手を宙で動かして、魔術を扱っている。傍から見れば、指揮者のように見えるだろう。
水を球体へと戻し、イブキは頭上へと浮かべた。今度は、その球体から少量の水を取り出そうとしてみる――。だが、これが上手く行かない。必ず、球体が二つに綺麗に分かれてしまうのだ。どうも、細かい動きは苦手みたいだ。
(くっそ……)
イブキが意識を乱した瞬間、魔術で制御していた水がイブキへ降り掛かった。
頭から水を被ってしまい、癖のある紫髪がびしょ濡れになってしまう。イブキは両手で魔力の指揮を取った状態のまま、フリーズしてしまった。
顔を俯かせたまま、肩を震わせている。イブキは歯を食いしばり、ばっと顔を上げた。
「ぜってー成功させてやるっ」
魔術をより磨く必要がある。課題は山積みだ。
その後も、イブキは魔術の練習を続けていた。手を触れずに、ペンを使って絵を書いたり、視界外の物を浮かせようとしたりしてみた。だが、どれも上手く行かない。
魔術を使うと、頭を酷使してしまう。結局、イブキは疲れてベッドに横になった。そして、テトが『《星火祭》が始まるわよ!』と呼びに来るまでぐっすりと爆睡をかましてしまったのだった……。
急いで支度をする。といっても、赤いローブを羽織り、招待状と財布を持つだけだ。
ホテルを出ると、すでに空には月が浮かんでいた。当たり前のように雪は降り続けていて、寒さのせいで二人の歩くスピードが遅くなっている。
メインストリートには、行列が出来ていた。それは広場まで繋がっている。
イブキたちは招待状を持っているため、目指すは奥にある巨城である。招待状を持っている者は、そこから《星火祭》を眺めることができるのだそうだ。
二人は人混みを掻き分け、奥へと進んでいく。広場も超え、道なりにどんどん進んでいくと、鉄の門まできた。
道の先には巨大な城が待ち構えており、門兵へ招待状を見せることで敷地へと入ることができた。
背後で門が閉まる。どうやら、イブキたちが最後の招待者だったらしい。
道は上り坂になっていて、雪が降り積もっている。背後の門越しに、人々の歓声が聞こえてくる。テトも高揚しているようで、猫耳を嬉しそうに動かしている。
イブキだけは、《星火祭》がどんなものか聞かされていないため、不安そうな顔になっていた。
「さ、準備はいい?」
テトの問いに、イブキは首を傾げた。
「な、なんの?」
「もちろん、楽しむ準備よ!」
テトが八重歯を覗かせてにやりと笑う。そして声を上げて走り出し……凍った地面で滑って転んでしまった。
「まったく、はしゃぎすぎだよ」
そういって歩き出したイブキも、一歩目で足を滑らせ転んでしまう。
そうこうしてる内に、城の方で花火が上がった。正確には、炎魔法と風魔法を合わせたものだが、イブキには花火にしか見えなかった。
「やばっ! 急ぐわよ!」
テトがスカートの雪を払いながら猛ダッシュする。イブキも、夜空に咲く花火を見上げながら、転ばないように駆け出すのだった。
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