第56話 《雪の降る街》
雪国ストラルンは、巨大な城と城下町で構成されている。
城下町は雪の夜でも商店で賑わい、活気に満ち溢れていた。民家の窓から溢れる暖色の光が、夜の闇に散らばっている。
巨大な城は、ストラルンを貫くように伸びたメインストリートの先にある。丘上にそびえ立つその巨城には、《星火祭》の主催者であるストラルンの国王が住んでいて、《星火祭》の時しか姿を見せないらしい。
今、イブキたちはメインストリートの最南端にある門前で唖然としていた。道の両端には掻き分けられた雪が積まれており、夜だというのに子供が雪玉を投げ合っている。酒場からは顔を真っ赤にした大人が出てきて、機嫌よく肩を組みながらなにかを歌っていた。
とても、雰囲気のいい街だ。雪がひらひらと降っていても、この街の住民は対して気にしていないらしい。
イブキが、奥にある巨大な城をじっと見つめていると、テトが猫耳をぴょこっと動かして笑みを浮かべた。
「すごく楽しそうな街よね。さっき一緒に街に入った人たちはホテルへ向かったけど、あたしたちはどうする?」
と、テトのお腹がぐ~っと鳴った。テトは顔を赤く染め、口をぱくぱくと動かしている。どうやら、恥ずかしかったらしい。
「こ、これは違うからっ。美味しそうな匂いがしたからとかじゃないからね!」
イブキは幼い舌足らずの声でテトをなだめる。
「わたしもお腹が空いたし、先にご飯にしましょう」
「ふ、ふん。あんたがそう言うなら仕方がないわね」
テトがツインテールの赤髪を手でいじっている。平常心を保とうと必死らしい。
イブキはまた意地悪をしてやりたくなった。
「そうそう。テトはお姉さんだもんね。わたしのために、仕方なく着いてきてくれるだけだもんね。面倒見がいいはずだし、ご飯くらい奢ってくれるわよね。やったぜー」
わざとまくし立て、幼い顔に悪どい笑みを浮かべるイブキ。テトは「う」と言葉を詰まらせた。なにかを探るように、じっと顔を覗き込んでくる。
「あんたって、中身だけ大人みたいよね……。見た目は可愛い小さな女の子なのに」
そんなことを言われるとは思っていなくて、イブキは目を瞬かせた。別に中身が22歳OLの幼女だとバレてもいいが、テトは意外と勘が良いのかもしれない。
「な、なんでそう思うの?」
「すっごく意地悪だから。あと、口も悪いし」
「そんなことねーし!」
「ほら、そういうところとか……」
現実世界でも、家族から口の悪さを直せと何度も言われてきた。イブキは感情をストレートに表現しているだけだ。元の世界で、社会人としては最低限のマナーは心がけていた。社会に出て、それで苦労したことはない。ただ、自分を偽るのは、すごく疲れた。
「直したほうがいいかな?」
「別に、今のままでいいんじゃない? あたしは嫌な気しないし。大人になって仕事を始めたら、勝手に直るかもね」
「な、ならいいけど」
イブキは苦笑した。こっちの世界に来てまで、仕事はしたくない。
それに、この体で大人になるだなんて考えたこともなかった。この《災禍の魔女》の体は、順当に成長したら間違いなく美人に育つだろう。そうなれば、モテモテの人生を送れるかも……。
イブキはその思考を脳から締め出した。
イブキの最終目的は、元の世界へ帰ること。課題は山積みだ。今わからないのは、『元の世界への戻り方』『
――後は、世界を滅ぼそうとする集団である《魔女の茶会》について。こちらも並行してなんとかしたいところだ。足を突っ込んでしまった以上、見過ごすわけにはいかない。
それから、二人はメインストリートを歩み始めた。
露店では服や食べ物、雑貨なんかが売っていた。途中、テトは猫耳でケット・シー族ということがバレ、珍しがられていた。「《剣聖術》を見せてくれ!」というおじさんたちに、テトは恥ずかしがってすぐにその場を逃げてしまった。
二人は、近くのレストランで食事を取ることにした。こっちの世界で、レストランへ入るのなんて初めてだ。エネガルムでは《災禍の魔女》というだけで、そもそも街に入ることすらできなかったのだから。
レストランでは、テトと同じものを頼んだ。なにかわからない魚料理と、パンだ。
(テトはケット・シー族だから、魚が好きなのかな)
とか考えながら、料理を口に運ぶ。これまたクリームソースと相まっておいしかった。
女の子とご飯を食べるなんて、あっちの世界を含めても久しぶりのことだった。テトと話していると、自然と楽しい時間が過ごせる。シャルやリリス、ドナーたちもそうだが、イブキは仲間に恵まれているのだ。
お腹を満たしたところで、二人はレストランを出た。雪がどんどん酷くなっているが、住民たちは雪の中を楽しそうに闊歩している。
テトはマフラーを巻き直し、ホテルまで先導してくれた。
ホテルはそう遠くないところにあった。雪の中を歩くのも、結構疲れる。イブキとテトは、凍った地面で何度か転びながら、ようやくホテルへと辿り着いたのだった。
ホテルの扉を開くと、広いロビーが待っていた。正面には受付があり、右には大きな暖炉がある。二人は真っ先に暖炉へ駆け寄り、冷えた体を温め直した。受付の男性は、二人をにこやかな表情で見守っている。
「はー、生き返る……」
イブキがほっと一息つくと、その隣でテトはスカートから覗く真っ白な太ももをさすっていた。
「こんなに寒いだなんて、聞いてないわ」
テトは窓の外の様子を伺いながら、呟くように言った。
それから、受付へと向かう。受付の男性が、
「招待状はありますか?」
と訊いてきたので、先にテトが招待状を手渡した。男性が、その招待状を眺める。
テトは、補足した。
「父と母の代わりに、あたしが来ました。テトって言います」
「承知いたしました。遠くの島からありがとうございます。ケット・シー族のテト様。お部屋はこちらです」
そういって、テトは鍵を渡された。
次にイブキだ。イブキが招待状を渡すと、男性はまたにっこりと微笑んだ。
「お待ちしておりました、《災禍の魔女》イブキ様。お部屋はこちらです」
イブキも鍵を手渡される。
隣で、テトは驚愕の表情を浮かべていた。
「ま、魔女!?」と素っ頓狂な声を上げている。
イブキは猫耳をぴんと立てるテトを見上げる。
「だから言ったじゃん、魔女だって」
「だって、魔女が普通、こんなことに招待されるなんてありえないでしょ……。しかも、二つ名まである魔女だなんて……」
「もしかして、本当に《災禍の魔女》を知らないの?」
「全然」
それには、受付の男性が補足してみせた。
「《災禍の魔女》様は、半年後に世界を滅ぼす存在として、リムル神から予言をされていたのです。ですが、この間の王都炎上の予言から、エネガルムを救ってみせたのが、まさしくイブキ様なのです。世界で初めて、予言を覆した方なのですよ。もしかしたら、《災禍の魔女》としての予言も覆せるのではと思い、国王様は招待したみたいです。予言を覆すだなんて、普通ありえないですからね」
(結構詳しいな!!)
と不気味なものを見るように、受付の男性へ視線を配る。テトは未だに信じきれていないらしい。
「えー……。こんな女の子が……?」
「わたしも、わけがわからないままそんな予言をされちゃってるのよ。……そもそも、過去の記憶が全然なくて」
ただしくは、「こっちの世界へイブキがやってくる前の、《災禍の魔女》としての記憶がない」、だが。
テトは唸り、悩みながらも、一応信じてくれる気にはなったらしい。
「ちなみに、街の皆様も《災禍の魔女》様が来ることは知っていましたよ。おそらく、イブキ様が《災禍の魔女》であることも気づいているはずです」
確かに、街を歩っている間、みんなから視線を向けられていたっけ。だが、誰も嫌悪感をむき出しにはしてこなかった。レストランでだって、普通の人間として扱ってくれたのだ。
「《災禍の魔女》なのに、迷惑じゃないんですかね」
イブキは自信なく問うが、男性はまた笑顔で頷いてみせた。
「もちろん。国王様が決めたのですから。国王様が決めたことは絶対です」
ストラルンの国王は、どうやらかなり信用されているらしい。
二人は、それぞれ別の階にある部屋へと向かった。部屋は広く、豪華な装飾が施されている。窓からは、雪の振る街の様子を眺めることができた。
《星火祭》は明日の夜。それまではゆっくりと休むとしよう……。
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