第55話 《雪空》


 

 なにも知らないイブキは、ケット・シー族であるテトに質問攻めをしてしまった。


 ケット・シー族は、言わば猫の妖精だ。西にある小さな島に住み、生活をしている。

 本来、ケット・シー族は猫の耳に、尻尾、更には肉球に爪まであるという。目の前にいるテトは、猫耳はあるがそれ以外は見当たらない。訊いてみると、これまた興味深い話があったのだ。


 どうやら、父親がケット・シー族で、母親は人間らしい。だから、完全なケット・シー族ではないという。

 全てを聞いたわけではないが、イブキは彼女について知ることができた。


 余談だが……あっちの世界で、「赤髪ツインテールに八重歯、気の強そうな顔に猫耳」、と来たら需要はありまくりだろう。


 今回、《星火祭》に参加したのは、「旅の思い出に」らしい。


「……テトも、その《剣聖術》ってのが使えるの?」


 イブキは、ケット・シー族の説明で出てきた不思議な力に興味が湧いてきた。

 今だに、二人は甲板で景色を眺めていた。すでに時刻は夕方。遠くの空では、テトの赤髪に負けじと、真っ赤な夕日が空を染め上げている。


 テトは景色から目を離さずに頷いた。


「そりゃ、ケット・シー族だしね。その力を使って、ケット・シー族は傭兵として活躍してるのよ」


 さっき、テトがなにもない背中から剣を引き抜くような動作を見せた。あれが、まさにそうなのだろう。


 と、テトはなにか思いついたのか、「あっ」と声を上げた。八重歯を覗かせ、含みを持った笑みを浮かべている。


「あなた弱そうだし、《星火祭》の間護衛してあげよっか? もちろん、報酬は頂くけど! 安くしとくわよ!」


「いらないわよ。……せっかくの旅が、うるさくなっちゃう」


 仕返しのつもりで突っぱねたが、テトは思った以上にショックを受けたようだった。


「う、うるさくなんかないし。もういいもん、ばーか!」


 わざと顔を逸らすテトに、イブキは「冗談よ」と笑ってみせた。


「じ、じゃあ……!」


「護衛の話は無しよ」


 テトはあからさまに落ち込んでいる。「お金が逃げちゃった……」とか呟いている内は駄目だろう……。

 そもそも、ドナーのお金をそんなことに使うわけにいかないし、なにより《災禍の魔女》であるイブキに護衛なんか必要ない。


 ――飛空艇は、あと1、2時間足らずで『雪国ストラルン』へと到着する。テトのおかげで、退屈しなくて済みそうだ。




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 どれくらいかして、飛空艇グウェンドリン号は、ストラルン南にある飛空艇乗り場に到着した。飛空艇乗り場と言っても、ここは湖のど真ん中だ。まるで鳥が羽休めをするように、グウェンドリン号は静かに着水したのだ。

 まだここはストラルンではない。正面にある巨大な門を超えた先が、《星火祭》が行われる雪国ストラルンなのだという。


 時刻は七時を過ぎている。辺りはすでに闇に飲まれ、空からは雪がひらひらと舞い落ちてくる。吐く息も白く、甲板にはすでに真っ白な雪のカーペットができあがっていた。


 乗客は、全員甲板へと移動していた。イブキとテトを含めても、20人ほどだ。その中には、テトをナンパしようとした男たちの姿もある。世界中の貴族や有名人を招待しているという割には随分と少ないなと考えていると、テトが補足してくれた。


「まだまだ、飛空艇はやってくるわよ。それに、先に到着している人たちもいるしね」


 わざと高く作られた桟橋へ、乗客は甲板から直接移っていく。桟橋に取り付けられた暖色のランプが、闇を照らす。イブキとテトは、最後に降りた。


 甲板に出てから、テトはずっと体を震わせていた。上着とマフラーを身につけているが、寒さには弱いらしい。スカート姿なのだから、当たり前でもある。

 対してイブキは、リリスに新調してもらった赤いローブを着込んでいた。これがまた温かい。そして、この姿がやはり落ち着く。


「あなた、そのローブ似合うわね。魔女みたい」


 そう言って、マフラーへ首をうずめるテト。寒さのせいで鼻が真っ赤になっている。


「本当に、魔女だとしたら?」


 試す様に問い、雪空を見上げるイブキへ、テトは冗談だろうと笑い飛ばす。


「あなた、あたしをばかにしてる?」


「別に、信じなくてもいいけどね」


 今、イブキは、《災禍の魔女》の代名詞でもある紫髪も、首元のタトゥーも隠していない。これでも気づかないあたり、テトは小さな島で過ごしていた分、《災禍の魔女》について知らないのかもしれない。


 イブキたちは、門兵に誘導され門まで辿り着いた。巨大な鉄の門だ。湖の方を振り返れば、奥に切り立った山がそびえていた。ストラルンが山々に囲まれているというのは、本当らしい。


 門兵が、招待状を確認していく。

 招待状がない者は右側にある別の門へ。

 招待状を持っているものはこの正面の門から入るよう促される。残ったのは、イブキとテト、それと二人の男だった。


「ようこそ、ストラルンへ」と門兵。「《星火祭》までは、まだ時間があります。開催は、明日の夜です。それまでは、宿でおくつろぎ下さい」


 そして、鉄の門がぎい、と軋み始める。門が奥へと開いていく。まるで、巨大な化け物が口を開いているみたいだ。


 こうしてイブキは、雪国ストラルンへと足を踏み入れるのだった。






 


 














 

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