第54話 《テト》


 イブキは荘厳な景色に分かれを告げ、仲裁に入るべく甲板の上を歩み始めた。竜人族の予言の時もそうだが、困っている人を放っておけないタイプなのだ。

 あの赤髪の少女は強気過ぎて、困っているのかどうかも定かではなかったが。


 また、男たちがぎゃーぎゃー捲し立てる。赤髪の少女は、背中越しでも分かるくらいの苛立ちを見せた。

 少女が、まるで剣を引き抜くかのような仕草で右手を背中の方へ持っていく。ただし、少女の背中に剣は見当たらない。


 その一連の動作を止めたのは、イブキの幼い声音だった。


「ちょっと、ストーップ」


 イブキの声に、少女がはっと振り返る。整った小さな顔に、気の強そうな目、口元からは八重歯が覗く。そして、やはり赤毛を纏った猫耳があった。

 例えるなら、猫みたいな女の子、だ。年齢は現実世界の高校生くらいだ。赤いツインテールのせいで、少し幼くも見えるが。


 少女と男たちは、幼女姿のイブキを見て扱いに困惑している。帽子を被りこんではいるものの、どこからどうみても幼女だ。

 この状況を魔術で打破することも考えたが、もっと穏便にいくとしよう。こっちの世界での「ステータス(幼女)」を存分に活かすのだ。


 イブキは少女の手をきゅっと握って、男たちを上目遣いで見た。


「わたしのお姉ちゃんをいじめないでよっ」


 男たちは眉根を寄せた。少女は、八重歯を覗かせて「はぁ?」と状況を理解できずに声を漏らしている。


「あんた、なに言って――」

「お姉ちゃんをいじめるなら、わたしが許さないからねっ!」


 少女の言葉をわざとらしくかき消す。少女がイブキの手を振り払おうとするが、そうはさせない。今の間だけは、二人は『姉妹』という設定だ。


 男たちは悪態をついて、倒れていた男を立ち上がらせた。


「なんだよ、連れがいたのかよ。妹に免じて、今回は許してやる」


「別に許してくれなくてもいいわよ。今度会ったら、あたしが――もごもご」


 イブキは少女へ飛びかかって、口元を抑えつけた。


(空気読めよ、こいつ!)


 イブキの努力の甲斐もあり、男たちはその場を離れていく。近くにいた他の客も、事態が収束すると目の前の景色に再度目を向けた。なに事もなかったかのように、飛空艇の甲板ではいつもの風が吹いている。


 イブキは少女から離れ、「ふう」と一息ついた。快適な空の旅に、平穏は欠かせない。

 少女がシャツとスカートの位置を正した。スカートから覗く真っ白な太ももに思わず目がいってしまう。シャツ越しでも分かるが……胸は小さかった。


 少女が口を開くと、出てきたのは予想だにしていなかった言葉だった。


「余計なことしないでよね」


 イブキは頬を引きつらせた。別に、感謝してほしいわけではないが、先に出た言葉がこれか!

 少女は続ける。


「あいつらを、痛い目に合わせてやろうかと思ったのに。だって、あいつら、このあたしをナンパしようとしてきたのよ? あたしのことを、その……か、可愛いとか言ってさ」


 急に顔を真っ赤にする少女に、イブキはにやりと悪どい笑みを浮かべた。


「あなたが可愛いのは、認めるけどね」


「そ、そんわけないでしょっ!!」


 さっきまでの威勢はなんだったのか、少女は冷静さを失ってイブキへ抗議する。「ふーっ」と威嚇するみたいに息を荒くしている。


 どうやらこの少女、恥ずかしさのあまりナンパしてきた男を殴ってしまったらしい。後は成り行きで……なのだそうだ。


 少女は赤いツインテールをいじりながら、咳払いをして気を取り直す。


「ま、まあ、助けてくれたお礼を言ってあげてもいいけれども」


「別にいらねーし」


 とイブキの即答。


「そこは素直に言わせなさいよっ!」


「じゃあ言いなよ!」


「も、もう言わない」


「…………」


 イブキは半目で少女を見つめる。猫耳×ツインテール×八重歯と来たら、残すは『つんでれ』だ、とイブキは予想していた。……これがまためんどくさいのだが。


 仕方なくこちらから歩み寄る。もちろん、心の距離を、だ。


「――わたしはイブキよ。《星火祭》に招待されて、この飛空艇に乗ってるの」


「あ、あなた《星火祭》に? こーんなにちっちゃいのに?」


「……色々あってね。もしかして、あなたも?」


 少女はポケットから、イブキのと同じ招待状を取り出し見せてきた。


「そ。ただ、あたしが直接招待されたわけじゃない。あたしのお父さんとお母さんが招待されたんだけど、忙しくていけないからって、あたしが代わりにね」


(なるほど、そんなこともできるのか)


 イブキは初めて得た知識に感心したが、今後この知識を使うことはないだろう。おそらく、《星火祭》に来るのは今回が最初で最後だ。


 少女は招待状をしまい直して、今度は自信満々に自己紹介を始めた。


「あたしは、『テト』。《剣聖術》の使い手、ケット・シー族よ」


 テトが手を差し出してくる。イブキは初めて聞く種族の名前に混乱しつつも、その手を握り返した。

 竜人族の次は、ケット・シー族か。


 ……また、一筋縄ではいかない予感がする。


 






 

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