第53話 《飛空艇グウェンドリン号》


 足を踏み入れると、そこは絨毯の敷かれた廊下になっていた。天井にはランプが取り付けられ、壁には絵画が飾られている。入り口付近に、『グウェンドリン号』と書かれたプレートがあった。この飛空艇の名前だろう。


 まずはまっすぐ廊下を進んでいく。すると突き当りになり、今度は左右に廊下が伸びていた。


 廊下は広く、奥まで続いている。他の入り口からも、乗客が姿を現した。


「ははっ、すっげー」


 イブキは幼い顔に笑みを浮かべ、逸る気持ちを抑えきれず自然と早足になった。


 飛空艇は四階層に分かれている。……と、壁の見取り図に書かれていた。


 上から、『甲板』『娯楽施設層』『客室層1』『客室層2』となっている。今イブキがいるのは、最下層だ。

 先程受け取った鍵には105と刻まれている。乗り込んできたみんなと同じ様に、まずは自分の部屋へと向かった。


 思ったよりも人が多い。イブキは人と人の間をすり抜けるように、早足で進んでいく。これから、この飛空艇はいくつかの街に止まる。最後は、《星火祭》が開催される『雪国ストラルン』だ。


 イブキは途中で「おっとっと」とブレーキを掛けた。札に刻まれたものと同じ番号の部屋を見つけたのだ。


 鍵を使って扉を開ける。


 そこはまるでホテルのスイートルームのような部屋だった。 

 

 天井から吊るされた暖色のランプに、L字型の大きなソファと、テーブル。奥には大人3人が横になれそうなベッドがあった。

 そしてなんと、窓からは外の景色を眺めることができた。イブキは荷物をソファに置いて、窓の方へ駆け寄る。少し高い位置に窓があるので、小さな体のイブキは頑張って背伸びをしていた。


 ここからは、遠くの山々や、巨大な湖、さらに見たことのない街まで見つけることができた。こんなに壮大な景色を眺めたことはこれまでに一度もない。イブキはその光景を目に焼き付けると、今度はふかふかのベッドに横になった。


「むふふー、最高……」


 イブキは満足げに手足を放り出して、天井を眺めている。


 幼女姿だから可愛く見えるが、本来のイブキの姿なら「ただぐーたらしている大人」になってしまう。不便なことはいっぱいあるが、幼女姿も案外悪くない。


 そのままぼうっとしていると、アナウンスが流れてきた。


『只今より、出港致します。次は――』


 次に止まる街の名前を告げているようだったが、アナウンスの声がどんどん遠ざかっていく。眠気が、瞼を重くしていく。


 昨日は《星火祭》のことや《魔女の茶会》のことを考えていたせいで、上手く眠りにつけず寝不足気味だったのだ。


 イブキはそのまま眠りこけてしまった。船体が揺れ動き始めても、イブキはそのまま眠りについたままだ。


 ――イブキが目を覚ましたのは、それから四時間も後のことだった。


「はっ!」


 イブキは勢いよく体を起こした。寝ぼけていて、一瞬ここがどこだか理解するのが遅れた。


(む、無駄にしてしまった……っ!)


 休日に昼過ぎまで爆睡を決めてしまった時の感覚に似ている。せっかく飛空艇に初めて乗ったのだ。もっと、楽しまなくては!


 イブキは部屋を出て、鍵を閉めた。廊下には数人の人がいる。すでにいくつかの街には寄ったのだろうが、イブキは爆睡しすぎて気づいていなかった。

 まずは娯楽施設の階層へと向かった。ホールでは魔法のショーが開催されているようだった。いくつものバーもあり、お酒を片手にたくさんの人々が楽しんでいる。

 この階層には、大浴場も用意されているらしい。お風呂好きのイブキには、天国のような場所だ。


 今度は甲板へと向かう。甲板へ出ると、頭上には巨大な帆がいくつも広げられていた。風がイブキの帽子を吹き飛ばそうとする。帽子が逃げないように慌てて押さえつけ、手すりの方へと向かった。


 風が心地よい。目下には海が広がっている。イブキと同じ様に、景色を眺めている人たちもいる。


 イブキは興奮気味に頬を赤くさせ、「おー」と声を漏らしている。それほど、綺麗な景色だ。空が近く、空気も澄んでいる。


 と、船首の方で、その雰囲気を壊すように怒鳴り声が聞こえてきた。


「てめぇ、なにしやがる!!」


 イブキは景色から視線を外し船首の方へ目を向けた。

 複数人の男たちが、一人の少女を囲んでいた。一人の男が地面に倒れ顔を抑え込んでいる。

 少女は、真っ赤な髪をツインテールにしていた。風を受け揺れる綺麗な赤髪に、イブキは目を奪われる。……が、それよりも気になる点がもう一つ。

 頭部には猫耳らしきものが存在していたのだ。

 後ろ姿しか見えないが、その少女は男たちへ気の強そうな声音で告げた。


「だから、目障りだって言ってんの。あたしの前から消えなさい」


 イブキは息を吐いた。絶対トラブルになるやつだ、と理解したのだ。

 

 


 

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