第40話 《決戦》


 イブキを背に乗せ、竜となったレーベの巨体は地面へ真っ逆さまに落ちていく。レーベは翼を震わせて堪らえようと必死だ。

 レーベが、尾を巧みに操ってイブキを引きずり落とそうとする。その攻撃を魔術で防ぎながら、イブキはレーベを撃ち落とすべく魔力を放ち続ける。


 どんどん地面が近づいてくる。ここは、エネガルムの広場だ。初めて、レーベと会った場所。


 ――レーベは、広場の噴水へ顔面から突っ込んだ。水しぶきが巻き上がり、周辺の地面も衝撃で粉々に砕ける。その瞬間、イブキは振り落とされてしまったが、魔術を使って緩やかに着地した。

 とてつもない衝撃に、レーベの体は貫かれたはずだ。だが、イブキは気を抜かなかった。


(まだ、終わりじゃない)


 《王家の力》で竜となっていたレーベの体が、人間の体へと戻っていく。いつもの、化粧を施したレーベの顔に戻っていた。


「ぐ、うう……」


 頭を抑え込みながら唸り、レーベは殺意のこもった瞳で睨みつけてくる。


「このっ……! ぶっ殺してやるわ……!」


「あら? 暴走状態のあなたを元に戻してあげたんだから、感謝なさいよ」


 ふふん、と胸を張るイブキ。幼い顔と体なのに、振る舞いだけはどこかの王様のようだ。


 レーベが風魔法を展開する。すると、いくつもの風の刃がイブキ目掛けて放たれた。イブキは、砕けた地面の瓦礫を、数個ほど魔術で浮かび上がらせ、指をレーベの方へ弾いてみせた。

 瓦礫は意思を持ったかのように一斉に動き出し、風の刃をことごとく撃ち落としていく。本来なら風の刃は大抵のものは切り裂いてしまうはずだが、イブキは魔術を使って瓦礫自体を強化していたのだ。


「魔女風情が、調子に乗るんじゃないわよ!!」


 喚き散らし、レーベはもう一度同じ風魔法を展開する。


 その瞬間、イブキは腰を落として、駆け出す準備をしていた。


「……魔力を目に集中――目の前の全てを、把握しろ」


 唱えた後、レーベの次の行動や、放たれていた風の刃がどう向かってくるのか、瞬時に脳内へと浮かび上がる。風魔法を展開しているレーベ目掛け、イブキはなんと弾かれたように走り出した。


 風の刃を右へステップして避ける。次は、身を屈めて避けた。さらに、左へ、右へ――はたまた、魔術を使って弾き返し――どんどんレーベとの距離を詰めていく。


「魔女は魔女でも、《災禍の魔女》よ。二度と間違えんな!」


 レーベが《竜爪》を発動し、間合いに入った途端イブキへ斬りかかる。

 対してイブキは、スライディングの要領で《竜爪》の下へと滑り込んだ。レーベが反応しようとするが、それよりも早くイブキが立ち上がり、レーベの懐目掛けで手の平から魔力を解き放つ。


 ドンッ!! という鈍い音が響き、レーベの体に魔力の塊が打ち込まれる。レーベは口の端から血を流しながらも、反撃の手を緩めない。

 

「ぬ、ああああッ!!!」


 《竜爪》をデタラメに振り回し、レーベがまくし立てる。


「なんでっ!! アタシは、最強の魔法使いになるはずなのに!! 母と、約束したのよ!!」


 イブキはレーベの攻撃を全て躱し、バックステップで距離を取った。


「そのために、誰かを傷つけるなんて間違ってるわ」


 社畜時代でもそうだった。上司の定時退社のために、部下が犠牲になる。そんなこと、あってはならないはずだ。


「アタシは、予言の通りにしているだけなのに!! 覆せるわけが、ないのに!!!」


「あなたを倒せば、別でしょ」


「あたしにはエネガルムを――、一つの街を滅ぼす力がある! 誰も、アタシに敵わないはずなのに――」


 そこで、レーベは言葉を切った。憎たらしげに、イブキを睨みつけている。瞳に毛細血管を強く浮かび上がらせ、口元を震わせている。


「そうか……、なるほど、世界を滅ぼす《災禍の魔女》ってわけね……!」


 レーベと竜人族の予言は、一年前にリムル神から告げられた。《災禍の魔女》の予言が告げられたのは、数十日ほど前のこと。古い予言に、新しい予言の内容が干渉することだって、ありえなくはない……はずだ。

 一番の要因は、イブキだろう。守戸もりと唯吹いぶきというイレギュラーな存在がこの世界に転生したことで、絶対であるはずのリムル神の予言に乱れがでてもおかしくはない。







 


 


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