第41話 《母のために》


 イブキは、じっとレーベの様子を眺めている。敵ながら、満身創痍だ。正面からのぶつかりあいでは、《災禍の魔女》に勝てないと、理解しているはずだ。


 このまま話をつけて、許してあげることは不可能だ。リムル神の予言を覆すには、《対象を消す》か《監獄島》へ閉じ込める必要がある。


「……レーベ、もう諦めて」


「はあ? そんなことするわけないでしょ。予言を覆したければ、アタシを殺すしか無いわ」


 目の前の相手を殺す――。そんなこと、少し前まで普通の人間だったイブキに、できるわけがない。レーベは付け入る隙を見つけたとばかりに、続ける。


「ほら、殺すのよ。魔術を使って、無抵抗のアタシを殺す。さぞ、楽しいでしょうねぇ」

 

 イブキは、壊れた噴水から漏れ出る水を魔術でかき集め、ロープをイメージしてレーベへ巻きつける。しかし、それは《竜爪》に宿った炎魔法で蒸発させられてしまった。次に、近くにあった木のツルを魔術で操り、レーベへ向かわせる。蛇のように地面を素早く這うツルに、レーベの体が拘束される。炎魔法で燃やされず、風魔法で切り裂かれないようにするためにも、木のツルを魔術で強化するが……。


「甘いわよん!」


 レーベが巻き付くツルへ炎魔法と風魔法をぶつけてくる。すると、木のツルは簡単に解けてしまった。


「ほらねぇ? 拘束するなんて、無理なの。モタモタしてると、エネガルムはどんどん燃えちゃうわよ!」


 空を、未だに炎が覆っており、火の玉は降り注ぎ続けている。遠くの方では、エネガルムの魔法使いたちが、火の玉目掛け魔法を放ち抵抗している。今も、火の玉が水魔法や風魔法で撃ち落とされていた。そして、竜となったハーレッドも、上空で火の玉を弾いてくれていた。

 だが、全てをカバーできているわけではない。

 レーベの言う通り、このままではエネガルムが火の海になってしまう。


「レーベ、もうやめて! わたしがいる限り、あなたは最強の魔法使いにはなれない。あなたの計画は、終わったのよ。なのに、こんなことをする必要がある? この街にも、お母さんとの思い出があるはずでしょ!」


 そう言い、イブキはレーベの後方にある《塔》を指差した。レーベのお母さんが、大司教として過ごしていた場所だ。

 レーベは一瞬、悲しそうな顔をした。そして地面へ視線を這わせ、静かに告げる。 


「過去の思い出と決別するためよん」


「お母さんは、一言でもそう望んだの? 最強の魔法使いになってほしい――、エネガルムを燃やしてほしい――って」


「母は大司教としての掟に背いてまでも、アタシを助けようとしてくれたわ。母は、予言を覆そうと……覆そう、と……?」


 レーベはなにかに気づいたらしく、体の力を抜いた。


「お母さんは、あなたに生きてほしかっただけなんじゃないの? あなたが殺されるのも、監獄島へ連れて行かれるのも、見たくなかった。あなたのお母さんは、すごく勇気がある人よ。だって、絶対と言われる予言を、覆そうとしたんだもん。なのにあなたは、お母さんの思いを踏みにじって、予言の通りに事を進めようとした……」


 レーベは湧き出る思いをぐっと堪えるように、唇を噛み締めて、

 

「あなたには、わからないわよ。お子様のあなたには。母の最後の予言をなんとしてもエンドロールまで導く。それが、母へのせめてもの手向けよ」


「それが間違いだって言ってるのよ! あなたのせいで、たくさんの人が苦しんだ。あなたを、絶対に許しはしない。けれど、わたしに殺させないで。監獄島へ行って、もし罪が許されたら……お母さんの元へ挨拶しに行くの。あんな庭なんかじゃなく、綺麗な場所にお墓を立てて――。いい場所を紹介するから……」


「うるさいわ。アタシの気持ちは変わらない」


 吐き捨てるように言い、レーベが風魔法を展開しようとする。イブキは手を空に掲げ、覚悟を決める。


 レーベよりも先に、イブキの魔術が解き放たれる。イブキの頭上に、魔力が象った剣が何百本も生成された。全ての剣先はレーベへ向いている。これを放てば、レーベは死ぬだろう。だがレーベは諦めていない。『母のために』と死ぬ気でイブキを倒そうとしている。


「ごめんなさい、レーベ……」


 そして、剣の雨がレーベへ降り注いだ――。




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