第10話 《竜人族ハーレッド》
「おおおおおッ!!」
ドナーが雄叫びを上げ、赤目の男――ハーレッドへと立ち向かう。地面を蹴り、弾かれたように前へ。
ドナーの拳に炎が宿る。射程距離内へ入った。そしてまた、技名を叫びながら殴りかかった。
「マッスル……ブロー!!」
その拳は一直線に、ハーレッドの顔面へ打ち込まれる――。
はずだった。
代わりに、吹き飛ばされたのはドナーの巨体だった。ドナーの体が宙を舞う。だが流石はドナーだ。空中で体勢を立て直し、しっかりと地面へ着地した。
「ドナルド副団長!!」
慌ててシャルが駆け寄る。と、ドナーの胸部に、鋭い三本の傷ができていた。まるで、なにかに切り裂かれたかのようだ。傷は深く、血がとめどなく流れ出ている。堪らずにドナーが膝をついた。
「ぐうっ……! なんだ、あれは……! 我が筋肉が……!」
「そんなこと言っている場合じゃ――」
シャルが言葉を飲む。
イブキとシャルは、ハーレッドへ目を向けてその傷の意味を理解した。
ハーレッドの右手が、巨大な真紅の鉤爪になっていた。溶岩のように赤く滾る様は、次の獲物を探し舌なめずりしているようにも見える。
鉤爪の大きさだけ見れば、簡単にイブキをつかめるだろう。その鋭利な爪先から、ドナーの血がぽたりと地面へ落ちる。ハーレッドは「ほう」と感心したような声を出した。
「食らう直前、炎魔法で壁を作り衝撃を和らげたか。見た目によらず器用だな」
「ふっ……! お前こそ、そんな魔法は見たこと無いがな……!」
ハーレッドは自分の右手に視線を移し、空へと掲げた。
「これは魔法などではない。我が一族に伝わる力、《竜爪》だ。竜人族は、炎魔法以外扱えない。だが、俺の炎魔法は少し違うぞ」
言葉の意味を理解するのに、そう時間はかからなかった。
ドナーとシャルへ手を向けるハーレッド。すると、シャルたちの目前の空間が夏の陽炎のように揺らめいた。
離れた場所で呆然と立ち尽くすイブキは、なんとか魔術を使おうと必死だ。
(二人を守らないと! 早く、発動しなさいよ!!!)
必死にあの時の感覚を思い出そうとするイブキの鼻先に、不快な匂いが届いた。
――焦げ臭い。
シャルが慌ててハーレッドへ雷魔法の照準を合わせる。が、間に合わない。
「爆炎魔法、《エクスプロード》」
ハーレッドが唱える直前、ドナーがシャルを抱きかかえるように庇う――。
瞬間、巨大な爆発が荒野全体を揺るがした。爆風で巻き上がる砂塵に、イブキは視界を覆われてしまう。
強い風の吹くこの荒野では、二人の様子が見えるようになるまでそう時間はかからなかった。
シャルは無事だった。呆然と立ち尽くしてはいるが、大きな傷はない。
その足元に、ドナーが背中を焼かれ倒れていた。体をぴくりとも動かさない。シャルを庇い、まともに爆発を受けたのだ。ただで済むわけがない。
「ドナー!!!」
イブキは全力で駆け寄って、ドナーの傷の具合を見た。
息はしている。だが、こんなにひどい火傷は見たことがない。最初に切り裂かれた傷の血も止まっていないし、危険な状態だった。
「イブキさん、ドナルド副団長を頼みます」
静かに告げるシャルは、怒りに満ちた目でハーレッドを睨みつけている。イブキは呼び止めたが、今の彼女には聞く耳すら持ってもらえない。
(だめだ、あいつには勝てない……)
ハーレッドは、立ち向かう意思を見せるシャルへ、嘲笑してみせた。
「これは、美しいお嬢さん。この俺とやるつもりなのか?」
「……黙りなさい」
シャルが指を鳴らす。すると、またしても空から雷撃が放たれた。だが、雷撃はハーレッドを直撃しなかった。ハーレッドが右手の《竜爪》を振り上げるのと同時に、頭上で雷撃が四散したのだ。
「一辺倒だな」
「あら、そうかしら」
不敵にシャルが答え、人差し指と中指を揃えて顔の前に立てる。
「――《
激しい雷という意味のその言葉――。
シャルが唱えると同時に、幾千もの雷撃が、五月雨の如くハーレッドへ降り注いだ。
稲光と雷鳴が繰り返される。ハーレッドは雄叫びを上げ、その雷撃すべてを《竜爪》で弾き返そうとしている。
だが、シャルは攻撃の手を止めなかった。
「《
シャルが右手を振り払う。たったそれだけの動作ではあるのに、一際鋭い雷の斬撃が放たれ、ハーレッドの右手を切り落としたのだ。
(やった……!?)
そう喜んだのも束の間、ハーレッドの右手が再生する。これは魔法ではないだろう。相変わらず、竜人族の力はチートすぎる。
「今のは危なかったぞ。凄まじい雷撃だ。今まで戦ってきた雷魔法の使用者の中でも、トップクラスだ。だが……体への負担も大きいはずだ」
その言葉の通り、シャルの体は悲鳴を上げていた。通常、魔法を使用する分には問題ない。しかし、シャルは自らの生命力も魔法へ上乗せし、大技を連発したのだ。こんなことが、続くはずがない。
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