第11話 《災禍の魔女、イブキ》

 

 シャルは悔しそうに口の端を噛み締めている。雷魔法は、残り一発が限界だ。


「まだ、いけるわ」


 これ以上はまずい。イブキが声を上げる、その直前。


「お姉ちゃん!!」


 突然、ポータルの方から声が聞こえてきた。イブキにはその声の主がすぐに理解できた。シャルの妹であるリリスが、ポータルをくぐり抜けてきたのだ。


「リリス……!? 逃げてなかったの!?」


 シャルが素っ頓狂な声を上げる。


「お姉ちゃんを置いていけません! あたしも、戦います!」


 リリスは姉と同じ雷魔法を使用できる。が、その力は姉の半分にも満たない。ハーレッドは、リリスが叶う相手ではないのだ。

 すると、ハーレッドは悪意の込もった笑みを浮かべた。


「妹か、面白い。こっちが片付くまで、我が手下と戯れておれ」


 それまで待機していた仮面の集団が、一斉に立ち上がってリリスの元へにじり寄る。リリスは震える体を無理やり抑え込み、迎え撃とうとしている。


「妹に手を出さないで!」


 シャルが仮面の集団へ標準を合わせる。最後の力を振り絞って、雷撃を放とうとするが、いつの間にか距離を詰めていたハーレッドによって、うつ伏せに地面へ抑えつけられてしまった。


「ぐっ……、離しなさい!!!」


「ほれ、見てみろ。もうすぐ、妹が八つ裂きにされるぞ」


「お願い!! あの子だけは――」


 シャルが涙混じりの声で叫ぶ。これから起きる最悪のシナリオを想像しているのだろう。


(だめだ……わたしが、なんとかしなきゃ……!)

 

 イブキは、感情を爆発させるように声を張り上げた。


「やめろぉおおお!!」


 魔術が使えなくても、立ち向かうことはできる。イブキはシャルを抑えつけるハーレッドへ飛びかかった。ハーレッドが、《竜爪》を軽く振り払ってイブキを弾き飛ばす。たった、一発。

 頭を殴られたイブキは地面を転げ、呻きながらもう一度立ち上がる。諦めるわけにはいかなかった。


「ふん、今まで怖気づいていたと思えば。小童が。なぜ貴様のような者がここにおるのだ」


 イブキの額から血が流れ出る。それは地面に染みを作っていく。


 ひどい耳鳴りがする。その瞬間、イブキは魔術のことを思い返していた。


 ――魔術は森羅万象に関与することができ、この世で起こる全ての物事に対し、殆どの場合に置いて


 イブキは魔術を使おうと必死で、祈ってばかりだった。だが、あの時……審判所では、イブキは祈ってなどいなかった。


「わたしを、助けろ」と、この世界へ


 魔術とはそういうものだ。


(わたしは、なんでもできる。わたしが、この世界を支配する――)


 イブキの首元の紋章が、真っ赤に輝き始め――。



 突然、リリスへ詰め寄っていた仮面の集団が、いきなり倒れ始めた。最後の一人が倒れると、緊張の糸が解けたのかリリスは膝から崩れ落ちるように地面へ座り込んだ。


 ハーレッドがその様子を眺め、顔をしかめる。


「……なんだと?」


「――大丈夫、眠ってもらっただけだから」


 イブキはそう答え、ハーレッドへ手を向ける。すると、ハーレッドの体が勢いよく吹き飛び、後方の崖へ全身を打ちつけた。

 開放されたシャルは、イブキの様子の変化に驚いている。

 対してハーレッドは、痛みがる素振りも見せずに、ただじっとイブキを睨みつけていた。不気味なものを見る目だ。初めて、困惑の色を目に宿している。


「貴様……何者なんだ……?」


 イブキは「ふふん」と鼻を鳴らした。


(魔術を使おうとするな。この力で、世界のすべてを従わせろ。そのためには、自分を信じる必要がある。わたしは、なんでもできる。あのブラック企業でも、そうしてこれたのだから――)



「わたしは、《災禍の魔女》イブキ。社畜OL、22歳よ」


 吐き捨てるように言ってやった。


 ――わたしは、社畜メンタルと魔術でこの世界を生き残ってやる!

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