第8話 《ポータルの先へ》
政府未許可の転移ポータルは、カルラ山脈中腹の洞窟内にある。
カルラ山脈は、この大陸を横断するように、東から西にかけて連なっている。世界最大の山脈だ。
カルラ山脈を超えた先は別の国になっている。山頂には雪が降り積り、氷の精霊セルシウスが住んでいるという伝説つきだ。
今、イブキたちはカルラ山脈を登っている。目的地はそんなに遠くないとはいえ、小さな体のイブキにとっては重労働だ。
現に、シャルとドナー率いる隊列から離れてしまっている。
「はあ、はあ、キツイ! けど、あのサビ残の日々にくらべたら!! ぐおー!!!」
イブキは、ぷにぷにの頬を真っ赤にしながら、天へと叫ぶ。
けれど、彼女が最後尾ではない。
イブキの後方で、同じく息を切らしついてくる少女がいた。
シャルと同じ金の髪を頭の後ろで結わえた、体の小さな少女だ。たしか、作戦会議の時に一番熱心に聞いていたっけ、と思い返しながら、イブキは足を止めて振り返る。
「だ、大丈夫? もうすぐだぞ、頑張って」
「は、はい。すいません……」
気の弱そうな少女だ。イブキはわざとペースを落とし、少女の横に並んだ。少しでも励ましてやりたかったのだ。
「大変ね。毎日こんなにきついの?」
「く、訓練は厳しいです。あたしはいつもビリで……。あの、イブキさん、ですよね? あたしより全然小さいのに、すごいです」
「ま、まあ、中身は違うしなー……」
「中身?」
「や、なんでもない。それより、シャルは凄いよなぁ。同じ女の子なのに、部隊を引っ張っててさ」
「はい、自慢のお姉ちゃんです」
そのまま二人、歩みを進める。何メートルか進んだところで、イブキが時間差で突っ込んだ。
「え? お姉ちゃん?」
「はい。あたしは、リリス=リーゼロット。シャルお姉ちゃんの、妹です」
確かに、少し似ている。性格は真逆だが、美人姉妹には変わりない。リリスは続ける。
「お姉ちゃんは、16歳に入団して、わずか4年で部隊隊長になりました。あたしも、16歳になった今年に入団したんです。けれど、全然ダメで……」
「なんで、氷花騎士団に?」
「だ、誰かの役に立ちたいなって……わたしなんかが、おこがましいですけど」
イブキは、誰かの役に立ちたいだなんて、考えたこともなかった。だから、適当に選んだ会社が、ブラック企業だったのかもしれない。
元の世界の出来事を思い返しながら、イブキは微笑んだ。
「そんなことないわ。あなた、立派よ。絶対、お姉さんみたいになれる!」
わざとらしくガッツポーズをして見せると、リリスは屈託のない笑顔を浮かべた。
「が、がんばります! 年下に励まされるなんて、あたしもまだまだです。……イブキさん、いい人ですね」
「まあ、嫌われ者の《災禍の魔女》だけどね」
「あたしは信じません! たとえリムル神のお告げであろうと、こんないい人が世界を滅ぼすだなんて」
この世界に来て、初めて信じてくれる人ができた瞬間だった。
なぜだろうか。企画書が通った時よりも、久しぶりに早く退社できた時よりも、何倍も嬉しかった。
イブキは少し恥ずかしくなって、顔をそらす。
「……ありがとう、リリス。さ、ラストスパートよ! 頑張りましょう!」
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遅れて、カルラ山脈の洞窟へと辿り着いたイブキとリリス。洞窟は冷え切っていて、辺り一面黒い岩石で囲まれている。太陽の光だけでは、頼りない。
少し奥へ入ったところで、シャルとドナー、他の第2部隊メンバーが待っていた。
その先にあるのは、青い光を放ちながら漂う空間の歪みだった。風が、そこへ吸い寄せられているのがわかる。これが、《転移ポータル》なのか。
シャルが、よく通る声で告げる。
「作戦は先程説明した通りです。私とドナルド副団長、第2部隊の半分が先に行きます。イブキさんは、遅れて入ってきてください。残りのメンバーは、この場でポータル周辺の索敵をお願いします」
残るメンバーには、リリスも含まれていたはずだ。シャルが、妹であるリリスの様子を伺うように視線をずらしたのがわかった。
第2部隊の人数は10人。本来はもっと転移先へ連れていきたいらしいが、なにがあるかわからない以上、半分――5人が限界だったのだろう。ポータルの入り口もしっかり守っておかないと、なにかあった時に戻ってこれないケースもあるらしい。
続けて、ドナーが拳を掲げた。
「では、行くとしよう!」
みんな、緊張しているのがわかる。《転移ポータル》の中へ、シャルとドナーが消えていく。続けて、第2部隊の5人も中へと消えていった。
少し待ってから、イブキが足を進める。リリスが「気をつけてね!」と励ましてくれた。
幼女姿に似合わないサムズアップで返してから、ポータルの中へ――。
深く、落ちていく感覚。当たりは真っ暗だ。審判所へ行く時に、初めて通った時と同じだ。暗闇の奥に、光が見える。どんどん、光が近づいてくる。
ここまでは順調だった。
突然、叫び声が聞こえてきた。だが、なにを言っているかわからない。まるで水中にいるかのように、こもって聞こえる。
(……なに?)
光はもうすぐそこだ。伸ばした手が光に触れる直前、ようやくはっきりと声が聞こえた。ドナーの叫び声だった。
もう一度、叫び声――。
『――罠だ!!!!!』
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