第7話 《カルラ前線基地》


 森の先の開けた場所に、カルラ前線基地はあった。


 周囲を山々に囲まれ、近くには湖がある。いくつものテントとタープが設営されており、野営場に見えなくもない。一際大きなタープの下で、木のテーブルを囲んで10人ほどの氷花騎士団たちがなにやら話をしていた。


 イブキたちに気がつくと、話し合いをやめ、金の髪を腰まで伸ばした若い女性が駆け寄ってきた。年齢は20歳くらいか。とても綺麗な女性だ。

 イブキたちもチュンチュン車を止め、荷車から降りる。

 その女性は気の強そうな目で幼女姿のイブキを一瞥してから、ドナーへ敬礼をした。


「お疲れさまです。ドナルド副団長」


 ドナーは、ここまで連れてきてくれたチュンチュンの頭を撫でてから、その女性の方へ向き直った。


「うむ、ご苦労だったな! 《転移ポータル》の様子はどうだ!?」


「ええ、進展はあります。……ええっと」


 その女性は、イブキの存在が気になっているようだった。


 そこでドナーは、イブキの頭を大きな手で撫でながら紹介を始める。力が強くて、少しどころか普通に痛い。


「こいつは《災禍の魔女》イブキだ!」


「この子が《災禍の魔女》……? なぜ、ここへ?」


「ノクタ団長の指示でな、役に立つこともあるだろうと連れてきた! なんせ人手不足だからな! ガッハッハ!」


 小学生ぶりに誰かに撫でられたイブキは、恥ずかしそうにドナーの腕を振り払う。文句の一つや二つを言ってやろうかと思ったが、女性の熱い視線を感じ、動きを止めた。


 また《災禍の魔女》という名前で警戒されるのだろう。そう思って、呆れてため息をつく。しかし、その女性はイブキをじっと見つめたまま、桜色の唇をそっと開いた。


「……かわいい」


「へ?」


 予想だにしなかった言葉に、イブキは情けない声をだしてしまう。 

 金髪の女性が顔を近づけてくる。そして、イブキの頬を指先でつついてくる。


「ぷにぷに……ぎゅーしたい……」


「ちょ、えっ……?」


 同性とは言え、こんなはっきりとセクハラ発言をされるとどうしていいかわからなかった。

 ドナーがわざとらしく咳払いをする。と、その女性ははっと我に返り、顔を赤らめてイブキから離れた。


「わ、私は第2部隊隊長、シャル=リーゼロットです。《災禍の魔女》の噂は聞いています。イブキさん、よろしくおねがいします」


「ど、どうも……」


 動揺しているのか、シャルは髪先を指でくるくるいじっている。



「許してやれ、《災禍の魔女》! シャル隊長は氷花騎士団初の女性隊長なのだ! 腕っぷしもすごいぞ! だが! 可愛いものには目がなくてな! まあ、ビョーキみたいなものだ!」


 ドナーがイブキへ耳打ちする。が、声が大きくてシャルに筒抜けだ。


「ビョーキじゃないですから」


 咳払いをし、シャルはいつも通りに平静を装っている。


(氷花騎士団って、変な人たちしかいないの……?)


 イブキがそう思うのも無理はない……。


 その後、チュンチュン車でイブキとドナーに同伴していた氷花騎士団のメンバーたちは、食料と水を積み降ろして、来た道を引き返してしまった。イブキが乗ってきた荷車と一匹のチュンチュンも、カルラ前線基地にある鳥小屋ならぬチュンチュン小屋へ連れて行かれた。


「さて!」


 とドナーが仕切り直す。今、イブキたちは地図が広げられたテーブルを囲んでいる。イブキだけが、テーブルに手を掛けて小さな体で背伸びをしていた。幼女姿では、こうでもしないとテーブルの上まで目線が届かないのだ。


 シャルがはきはきとした声音で続ける。


「イブキさんにもわかるように説明します。さっそくですが、未許可の《転移ポータル》が発見されたのは、ここの洞窟内です」


 と地図を指差す。イブキは恐る恐る手を上げた。


「て、《転移ポータル》ってなに?」


「……知らないのですか?」


 シャルは探るようにイブキへ問う。こっちの世界に来たばかりのイブキにとっては、知らないことばかりだ。

 頷くイブキを見て、ドナーがフォローしてくれる。


「《災禍の魔女》はなにも知らんのだ! なぜかはわからん! 少し記憶をなくしているのかもしれん!」


 必死に頷くイブキ。ドナーの的確なフォローが効いたのか、シャルが補足をしてくれる。


「《転移ポータル》は、離れた場所と離れた場所を繋ぐ通り道のことです」


「あー……水の都マステマから王都エネガルムの審判所に行くときに通ったあれのことかな……」


「正解です。各都市から、王都へ繋がるポータルはいくつも存在します。他にも、国と国とを繋ぐような、大規模なポータルも存在するんですよ」


元の世界にあったら、船も飛行機もいらなくなるなと考えながら、イブキは感嘆の音を洩らす。


「すごいわね。それも、魔法なの?」


「ええ。重力魔法を使って生成することができるんです。ですが、大規模な魔法なので、必ず政府の許可が必要になるんですよ。みんなが簡単にできてしまったら、トラブルの元にもなりますから」


「洞窟内にある《転移ポータル》が、誰かが勝手に生成したものだから、調査してるのね……。でも、こんな前線基地を設けるほど、深刻な内容なの?」


「ええ。《転移ポータル》は悪用できます。例えば、多くの軍勢を任意の場所へ簡単に送り込むことだってできるのです」


「なるほどね……。で、その洞窟内のポータルは、どこに繋がっているの?」


「それを、今から調べに行くのです。もしかしたら、戦闘になるかもしれませんね」


 簡単そうに言ってのけるシャル。他の氷花騎士団のメンバーも「やってやろうぜ!」と意気込んでいる。


(戦いになったら、わたしはどうしたらいいんだ……)


 一抹の不安が胸中で浮かび上がる。そんなイブキの心中を察したのか、シャルがふっと微笑んで、優しい声音で告げる。


「大丈夫。なにかあったら私が守ります。その代わり……戦いが終わったら、お姉さんにぎゅーさせて下さいね」


 背筋を貫くような寒気。最後のセリフが余計だ。

 イブキは身振り手振りで断る。


「じ、自分でなんとかなるわ! 見た目はこんなでも、あの《災禍の魔女》よ!? ヨユーよ、ヨユー」


 こうでも言わないと、見返りになにかと要求されそうで、イブキはまくし立てた。


(やっぱビョーキじゃんか、この人!)


 警戒心MAXのイブキにショックを受けたのか、シャルが少し肩を落とした。……やっぱり、本気で言っていたらしい。


 静観していたドナーが、シャルを慰める。シャルはまた咳払いをして切り替えると、さっそく作戦について話し始めた。


 こうなった以上、イブキもしっかり協力しなくてはならない。正直、怖い。ノクタの魔法を初めて見た時だって、足がすくんだ。


 でも、イブキにはあの力――魔術がある。 


 自分を鼓舞するように、ぐっと拳を握る。ただ一つだけ、問題があった。

 

 ――魔術って、どうやって使えばいいんだ?


 

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る