第6話 《最後の魔術師》
草原を突っ切るように伸びた道を、チュンチュンが引く荷車は止まることなく進み続ける。
イブキはその荷車の端に腰掛け、革表紙の本を黙々と読み進めていた。時折、小石に乗り上げて荷車が跳ねるが、気にすることなく没頭している。会議資料に比べたら、こんな本は朝飯前だ。
同じ荷車に乗るドナーは、そんなイブキを見て腹の底から笑った。
「ガハハ! 黙っていれば、ただのかわいい女の子だな! 気に入ってくれてよかった!」
「全然うれしくねー」
イブキは軽くあしらって目の前の文字に食らいつく。
――馬車に揺られること二時間。イブキは本を閉じた。そして、頬を引きつらせた。
(むっっっっず!!!)
それに気づいたドナーが、はげ頭を自慢気になで上げながら称えるように声を上げる。
「もう読み終わったのか!」
「まあ……そ、それなりには……?」
半分も理解できていないのだろう。イブキの視線が泳いでいる。
――とりあえずわかったことはある。
まずは《魔法》について。
魔法は、聞いていた様に神の加護を授かったものが使用できるようになる。加護とは即ち信仰の力。イブキは「宗教みたいなものか」と自己解釈をしていた。だが、《魔女》については詳しく書いていなかった。なぜ、魔女は加護なしでも魔法を使えるのか? そっちも気になる話だ。
ちなみに、魔法については、素質が関係しているようで、この世界の住人すべてが使えるわけではないらしい。
ひとまず……魔法は7つの属性に分岐し、加護に沿った能力を使えるというものだった。
その魔法の根源となっていたのが、《魔術》だ。
魔術は、森羅万象に関与することができる能力だという。つまり……この世で起こる全ての物事に対し、殆どの場合に置いてなんでもできるのだそうだ。
読み上げながら、「チートかよ」と呟いてしまったまである。
しかし、魔術は数百年前にこの世界から姿を消した。
「……ねえ、なんで《最後の魔術師》は、この世界から魔力を消し去ったの?」
これが答えだった。魔術は、大気中を漂う魔力を消費して発動する。しかし、その魔力が尽きてしまっては、どうしようもないということだ。
イブキの純粋無垢な質問に、ドナーは珍しく唸って考える。
「うーむ。わからん! 資料にもないのだ、《最後の魔術師》に聞くしかあるまい!」
「や、無理じゃん、それ。死んでるんだし」
魔術は消えた。だが、当時存在していた精霊と呼ばれる生き物たちが、魔力を使わない新しい魔術を生み出した。それが、今の世を支配する魔法だ。
魔法は、加護の力を媒体に無から有を生み出す。森羅万象に関与し、なにかを奪える魔術とは違って、生み出すのが現代の魔法なのだ。
……で。
イブキは肝心なことがわからなかった。
荷車が森へ入る。頭上から差す木漏れ日を見上げ、イブキはドナーの方を振り返った。
「なんで、ノクタはこの本をわたしに? わたし、別に魔法が使いたいんじゃないわよ。この世界のことを調べたいだけ。そして、元の世かi――……」
慌てて口を閉じる。まだ、自分が別の世界の住人だということは明かしていない。変な目で見られ、監視が厳しくなるのがオチだ。
ドナーは、対して気に留めることなく、質問にだけ答えてくれた。
「《災禍の魔女》、お前が審判所で発動した力のことが関係している!」
「あの力? あれって、魔法じゃないの?」
「俺は見てはいないが、ノクタ団長は違う見解だ! それこそが、《魔術》ではないのかと考えている! ノクタ団長の氷魔法をすべて無効化するなんて、魔法には無理だからな!」
「魔術ぅ? この世界から消えたんじゃないの?」
「詳細はわからない! もしそれが本当に魔術なら、お前はなぜ使えるのだろうな!」
知らんわ! と答えることしかできない。もう一つだけ、聞きたいことがある。
「ノクタって、わたしのこと殺そうとしたわよね? なんで、そんなわたしに魔術のことを教えるのよ?」
「リムル神の予言は絶対だ! だが、一つだけ食い違っているところがあっただろう! そう、魔法と魔術だ! 予言では、《災禍の魔女》は魔法で世界を滅ぼすと告げられている! ノクタ団長は、どんな手を使ってでもお前を魔法から遠ざけ、未来を変えたいのだ! それが、団長の野望だからな!」
「なるほどねぇ。ただのツンデレじゃん」
「つんでれ? 団長は、お前のことはどうでもいい! 未来を変えたいだけだぞ!」
「わかっとるわ!」
荷車がごんと跳ね上がる。舌を噛んでしまい、イブキは涙目になって悶絶した。
「《災禍の魔女》イブキ! お前が許しを得るには、絶対と言われるリムル神の予言を覆さないといけない! 魔術を極め、《災禍の魔女》ではなく、《災禍の魔術師》として成長するのだ!」
イブキは、ドナーの言葉に励まされ、目標を見出した……かのように思えたが、微笑みかけて、「ん?」と首をかしげた。
「いや、《災禍》ってついたらダメじゃない? 災い起こす気満々じゃん……」
ドナーが納得して大声で笑いあげる。車輪の音をかき消し、森の中で
さあ、《カルラ前線基地》へはもうすぐだ。
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