王都炎上

第5話 《異世界生活、二日目》



 王都を離れ、丘を越える。

 朝日に照らされる新緑の草原に、小さな木の家がぽつんと立っていた。近くの木では、小鳥がさえずっている。

 その小さな家から、扉を押し開けてパジャマ姿の一人の幼女が現れた。

 少しハネた紫色の髪を肩まで伸ばし、瞳は同じく紫。頬は幼女らしくふっくらしており、首元には紋章を象ったタトゥーが刻まれている。


 ――そう、イブキである。


 イブキは家横の井戸へ向かい、小さな体で「んしょ、んしょ」と水を汲み上げる。そして、きんと冷えた井戸水で顔を洗った。

 広大な草原を眺め、翠の風を体いっぱいに感じる。大きく深呼吸をして、ため息交じりに呟いた。


「異世界生活、二日目。……案外、悪くねー……」


 女の子ながら、口が悪いのはいつも通りだ。


 審判所での出来事が、つい昨日のこと。イブキが無意識のうちにやってみせたのことも含め、白髪の老人に下された判決は、

『《災禍の魔女》イブキを、国の監視下に置く』

 というものだった。


 まあ、「北の監獄島で半年過ごせ」よりはマシである。後で耳にした話によると、その監獄島は島全体が監獄になっていて、雨は降るわ凶悪犯が詰め込まれているわで最悪の場所らしい。


 投獄されなかった理由は2つ。


 1つ目は、イブキが幼女だったこと。10歳かそこらの女の子(の姿の22歳OL)を投獄しようものなら、いくら相手が《災禍の魔女》とは言え、問題になりかねなかったのだろう。


 2つ目は、予言と食い違う点があったこと。未だに詳細不明のリムル神とやらのお告げでは、《災禍の魔女》は魔法を持ってして世界を滅ぼすと伝えられていたらしい。だが、イブキは魔法が使えない。代わりに、あの力を宿しているらしかった。


 そんなこともあり、イブキは国の監視下に置かれたわけだ。あの、ノクタとかいう氷魔法を使ってきた男だけは、不本意そうだったが……。


 この家も、魔法七星のコネを駆使して用意してくれた。元は空き家だったみたいだが、埃っぽさ以外は満足している。


 審判所があったあの場所は、ここから少し離れた王都エネガルムにある。

 王都エネガルムは、円形の巨大な都市で、中心には空までそびえ立つ程の塔が立てられている。いつ、風でぽっきりいくか心配なくらいだ。

 なぜ王都内ではなく、こんなへんぴなところにわざわざ家を用意したのか、イブキは訊かなかった。理解しているつもりだった。

 ……恐怖の象徴である《災禍の魔女》を王都に置くだなんて、できなかったのだろう。


 

 イブキは、ぐぐっと伸びをすると、家の中へと戻っていった。家の中は、ランタン、ベッド、テーブルに椅子、トイレ、風呂、本棚と、最低限のものしか用意されていない。

 けれど、この世界にきたばかりのイブキにとっては、助かる話だ。お金も無いし、第一どんな通貨が流通しているのかすらわかっていない。昨日も、パンとベーコンらしきもの(リザードの肉とかいっていた)を用意してくれただけで御の字だった。

 


(……ってか、これからどうしよ。王都に図書館とかあるのかな。まずはこの世界の情報を頭に入れておきたいところだけど、この世界の文字わからないしな……。でも、港で文字読めたよなぁ。アレ、見たことない文字だったのに……)

 

 この世界のイブキの正装である、ニーソとショートパンツ、Tシャツに赤いローブの姿に着替えながら、思慮する。


 と、イブキは「ん?」と顔を上げた。なにか聞こえる。ガラガラという音、そして複数の足音、奇妙な鳴き声。どんどん、こちらへ近づいてくる。

 それは、イブキの家の前で止まった。グエーという鳥類っぽい鳴き声がしている。

 そして。

 

 イブキの家の扉が外側へと勢いよく吹き飛んで、はげ頭の大男がぬっと覗き込んできた。その手には、無残な姿のドアノブが握られていた。


「やあ! 《災禍の魔女》! 迎えに来たゾ!」


 その40歳くらいの大男は青と白の制服上からでもわかる筋肉をもっていた。胸筋をぴくぴく動かし、鼻息荒くイブキを呼んでいる。

 こいつが扉を壊したと理解した途端、イブキはまくしたてるように言った。


「うっさいわ! そんなに大声出さなくても聞こえてるわよ、あほ! その扉直しなさいよね!」


「がっは! 我が力の前では無力! 街の建築士に頼んで、もっと頑丈な扉にしてもらおう!」


 イブキは呆れてため息をついた。


 この男は、魔法七星ではない。王都エネガルムを守る騎士団、氷花騎士団の副団長、ドナー=ガルルドだ。騎士団の中では、ドナルド(ー=ガル)と呼ばれているらしいが、イブキには少し抵抗があった。色々と、前の世界での抵抗があったのだ。

 昨日、イブキをここまで送ってくれたのも、このドナーだ。


「《災禍の魔女》、着いてこい!」


 ドナーに言われ、イブキは外へ出た。そこには、2匹の巨大なダチョウのような生き物がいた。足はダチョウよりも太く、顔はふさふさの毛で覆われていた。名前を、チュンチュンというらしい。変な名前だ。

 その背後には荷車が備え付けられている。昨日も、このチュンチュン車で移動してきたのだ。他にも、同じものが2車ある。1車ごとに2匹のチュンチュンが用意されていて、数人の騎士団メンバーが付き添っていた。団長のノクタの姿は見えない。まあ、いないほうがイブキにとっては都合がいい。



「どこかにいくの?」


 赤いローブの首元を正しながら問うイブキに、ドナーははげ頭で朝日を照り返し、言った。


「《カルラ前線基地》へな! ノクタ団長の指示だ!」


「かるら、ぜんせんきち? あなたたち、戦争でもしてるの?」


「ふっ! 行けばわかるさ! それと、これもノクタ団長からだ! お前の役に立てばいいが!」


 そう言って、ドナーが渡してきたもの。それは、ぼろぼろの、革表紙の本だった。知らない言語でタイトルが書かれていて、日本語以外まともに話せないイブキには読めるわけがない。


 ――そのはずなのに、しっかりと読めた。やはり、すでにこの世界の言語に適応しているらしい。


 本の表紙には、こう書かれていた。



 『魔法の原点、魔術』と――。

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