15-5
俺が暗渠に突入したのは、たしか二十時半くらいだったはずだ。
俺たちは、そんなにも長時間、あの暗闇のなかで、時が経つのも忘れてゲームに熱中していたのか、すげーな!
じゃなくて!
犬彦さんはこんなにも遅くまで、ずっと俺のことを探し続けてくれていたのかと思うと、あらためて申し訳ない気持ちになった。
それからいいかげんに、柊子のことを、そろそろ犬彦さんに紹介しないといけない。
柊子をはやく家まで送ってやらないと!
「あの、犬彦さん、俺ひとりだったわけじゃないんです。
ずっといっしょに遊んでいた子がいて…あそこの入り口に女の子が…」
そこまで言いかけたとき、犬彦さんが、ぐいっと俺の口をふさいだ。
そのまま犬彦さんの顔色が、みるみるうちに変わっていく。
いつもクールな犬彦さんが、こんなにも動揺したような表情を見せるのは、長年一緒にいて初めてだった。
「江蓮、お前…女の子を連れ込んでいたのか?
こんな時間に…俺はお前の邪魔をしたってことなのか…?
お前、天音ちゃんはどうした、二股かけているのか? なんてことだ、やるじゃねえか。
いや、待て、お前のことを考えればこそ、順序というものを大切にしなくては。
江蓮、ちゃんとど…」
「ちょっと待って! 何もかも違いますってば!
それから天音とはそんなんじゃないって、今までに何万回も言ってるでしょ!」
犬彦さんが何を考えているのかが分かって、今度は俺が犬彦さんの言葉をさえぎった。
このままじゃあ、とんでもない勘違いをしたまま、犬彦さんはとんでもないことを言いだして、しかも行動に移しかねなかった。
ちゃんと今ここで、しっかりと弁解しないと明日には、犬彦さんは赤飯でも炊きだすかもしれない!
「友達ですよ!
暗渠の入り口に隠れているんです、いま呼びますから、ちょっと待って…」
「江蓮」
さっきまで、今までにないほど慌てた口ぶりだった犬彦さんが、妙に冷ややかな声で俺の名前を呼んだ。
「お前の友達は、どこにいるって?」
「ですから、あの…」
俺は暗渠へと続く、あのトンネルのような入り口を指差しながら、犬彦さんに、これまでの出来事を説明しようとした。
それなのに…。
「江蓮、暗渠への入り口なんてものが、どこにあるんだ」
俺が指し示そうとした暗渠への入り口、さっきまで俺と柊子がゲームを繰りひろげていた、あの暗黒世界へと通じる穴は、なくなってしまっていた。
「え…?」
目をごしごしと擦ってから、凝視する。
暗渠への入り口、厳密に言えば、それはちゃんとそこにあった。
俺が入っていったときと同じ場所に、しんと静かに、夜のなかに溶け込むようにして、ちいさなトンネルのような横穴が口を開けて、そこに存在している。
だけど、どうしてなんだ…?
暗渠へと続くはずの入り口には今、頑丈な鉄格子が張り巡らされていた。
それは侵入者を防ぐべく、しっかりと暗渠の入り口を塞いでいる。
「そんな…」
鉄格子の錆びたような鈍い汚れ具合から、それが、遥か昔からそこに存在しているんだということが分かる。
でもそれじゃ、おかしいじゃないか、俺がひとりで暗渠のなかへ入っていったとき、そして、柊子に手を引かれて外へと出てきたとき、こんな鉄格子なんて無かった。
いつのまに、誰がどうやって、こんな鉄格子で暗渠の入り口を塞いだというのだろうか?
まさか俺が犬彦さんと話しているあいだに、いたずら好きの柊子がやったのか?
いや、そんなはずがない、そんな短時間で、殺し屋ばりに警戒心の強い犬彦さんの目を盗んで、あんな重そうな鉄格子を、しかも溶接されているように見えるそれを、女の子が一瞬で用意するなんて不可能だ…!
わけのわからない出来事に目を白黒させて、慌てている俺を見て、犬彦さんはまた変な方向に理解を示してしまったようだった。
俺が、ひとりで深夜徘徊をしていた気恥ずかしさから、てきとうな嘘をついていると思ったんだろう、憐れんだような妙にやさしい微笑みを浮かべながら犬彦さんは俺を見ている。
逆に、その菩薩っぽいアルカイックスマイルをぶつけられるほうが、精神的ダメージがあるんですけど…。
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