6-3


 「『真実』

 俺が、これまでの人生のなかでやってしまった、最も悪いこと。


 それは、黙っていたこと、です」



 「…黙っていたこと?」



 今度はエレンが首をひねる番のようだった。

 暗闇のむこうから、戸惑う気配が流れてくる。



 「最も悪いことは、黙っていたこと…。

 よく、わからない。


 どういう意味か説明して」



 「俺の人生で、最も重い罪は、…そのとき、ただ黙っていた、ということです。

 それ以上でもそれ以下でもありません」



 エレンが息をもらす声が微かに聞こえた。

 そこには困惑や苛立ち、それと微かな怒りがこもっているように感じられた。


 うまく煙に巻けたようだ。


 説明を求められても、さっきエレンが言ったのと同じセリフ、それ以上でもそれ以下でもない、をくり返すことによって、彼女はこれ以上、俺の『真実』の意味を深く追求することができなくなる。


 それは自らの墓穴を掘ることになるからだ。


 そしてさらに言うならば、俺は最初に宣言したとおり、何ひとつ嘘なんてついていない。

 このゲームのルールは確実に守っている。


 自らの精神的ダメージは最小限に食い止め、逆に俺は、エレンのフラストレーションを高めることに成功したと言えるだろう。


 やべぇ、俺もしかしたら、このゲーム得意かもしれない!



 「じゃあ今度は、俺の番です」



 コツさえつかんでしまえば、こっちのもの。


 いろんな戦法が頭に浮かんできて、それを試したくて、しかたなくなってくる。

 よし、次はこの手でいこう!



 「『真実』

 これまでの人生のなかで、エレンがした、最も悪いことを話してください」



 どうだ! 質問返し!

 しりとりで例えるところの、同じ言葉ばっかりをループで返すパターン!


 地味に面倒でムカつくはずだし、前者がすでに同じ質問に答えているから、どうしても内容が比べられてしまうことになる。


 したがって、どんな答えを選んだとしても、二番手の話のインパクトはやや減少してしまう。

 そうなれば、話の弱さをつくことで、『秘密』のほうへと選択変えをさせることもできるはず。


 もしもそんなゲームの流れになったなら、思い通りにならない歯がゆさから、エレンはまたぷりぷり怒りだすだろう。

 彼女が感情的になればなるほど、ゲームの主導権はこっちのものだ。


 そもそも、この、『これまでの人生のなかでやってしまった、最も悪いこと』という問いを、俺にぶつける『真実』として選ぶというのは、逆に自分もこれを訊かれたら厄介だと感じているということに他ならないだろう。


 さて、エレンはこの『真実』に答えるだろうか。


 もし彼女が『真実』のほうを選んだとしても、きっと女の子が自ら認める『これまでの人生のなかでやってしまった、最も悪いこと』なんていうのは、そんなたいしたものじゃないんだろうけど。


 仮にエレンが『真実』を答えたとしても、あるいはさっきの俺みたいに、他人にはすぐに意味を把握しきれないような、端的な言葉で終わらせてしまうのかもしれない。


 それでもいいさ。

 それならそれで、エレンがごまかそうとしても、うまく『真実』の核心をついてやる。


 なんたって俺は、このゲームのコツをつかんだんだからな!


 やがて長い沈黙のあとに、エレンはぽつりとつぶやいた。

 

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